新潟県勢初の頂点へ。帝京長岡「美しく勝つサッカー」への挑戦は続く (3ページ目)

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki
  • 佐藤博之●撮影 photo by Sato Hiroyuki

 とはいえ、これでは"いいサッカー"止まり。本当の意味でのインパクトを与えるためには、結果が必要なこともまた事実だ。

 かつては、弱小県のなかでさえ、お世辞にもサッカーが盛んな地域とは言えなかった長岡から、全国の舞台でこれほどの戦いができるチームが出てきたことのウラには、中学生年代以下の強化がある。古沢監督は、その影響の大きさを知るからこそ、「小・中学生年代に夢を与えるためにも、勝ちたかった」と言い、「(帝京長岡のサッカーが)本当に長く記憶されるためには、優勝しなければいけないと思う。たとえ準優勝でも、きっと1、2年で忘れられてしまう」と続けた。

 たとえば、高校サッカーに革命をもたらしたとさえ言ってもいい、第84回大会優勝の野洲(滋賀県)。当時の高校サッカーは、まだまだ蹴って走る従来のスタイルが幅を利かせていた時代である。野洲が見せた、ドリブルとパスを組み合わせた個人技主体のサッカーは確かに斬新だったが、最終的に旧態依然としたサッカーにねじ伏せられていたら、どうなっていたか。これほど大きな印象を残し、10年以上経った今でも語り草となるようなことはなかったかもしれない。

 また、第94回大会で旋風を起こした国学院久我山(東京都)にしても、準優勝に終わりはしたが、テクニックを全面に出したスタイルで優勝候補の青森山田を準決勝で下し、決勝に駒を進めたインパクトは大きかった。

 やはりベスト8止まりでは、"弱い"のだ。

 きっと周囲は、帝京長岡の健闘を称えるだろう。しかし、自分に厳しすぎるようにも聞こえる指揮官の言葉こそが、実は真理を突いている。

「ツイッターとかを見ていても、(帝京長岡は)いいサッカーしているとか、面白いと言われていても、絶対に勝てるとか、必ず勝つとは言われていない。そう思われるようにならないといけない」

 田中もまたそう語り、結果を残すことの重要性を口にする。

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