2018.10.21

プロ生活14年を全う。田代有三は
「未練なくサッカーをやめられた」

  • 高村美砂●取材・文 text&photo by Takamura Misa

 とくに、2012年はケガで序盤はプレーできなかったし、戦列に復帰後もなかなか勝てずにJ2降格ですから。期待されて獲得してもらったのに、降格させてしまった事実を、すごく申し訳なく感じていたし、そのことはサッカー人生でも忘れられない、一番悔しい思い出です」

 その言葉にもあるように、「サッカーをいろんな角度から考えるきっかけになった」からか、神戸での3年目頃から、田代は”将来”を考えることが増えた。かねてから「いつか」と思っていた海外でのプレーを意識するようになったのもこの頃だ。

 それもあって2015年、神戸からの契約延長を断ってアメリカに渡り、1カ月半の間にメジャーリーグサッカーに属する2チームでトライアルを受けている。残念ながら、このときは話がまとまらず、セレッソ大阪への移籍を決めたが、このとき過ごしたアメリカでの時間は、のちのオーストラリアでのプレーにつながった。

「セレッソでの2年間も、充実した時間でした。若くていい選手が多く、その若さに将来性を感じながら、僕自身もサッカーを楽しめたし、2年目にはJ1昇格プレイオフを制してJ1昇格の喜びを味わえたのも、忘れられない思い出です。

 ただ、移籍を経験するほど、そんなふうに自分の考え方や経験にも広がりが持てると実感していただけに、”海外”に対する思いは膨らんでいく一方でした。それに、セレッソへの加入前に渡ったアメリカでの1カ月半の間に、移籍は実現しなかったとはいえ、アメリカのスポーツのエンターテイメント性を肌身で感じ、また、いろんな人に会って話を聞くうちに、アメリカのスポーツビジネスにも興味を持ったのも大きかった。