居残り練習もキュウリも禁止。ベンゲルがグランパスで見せたこだわり (3ページ目)

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi

通訳が見たベンゲルのワーカホリックぶり

『中日スポーツ』でグランパスを担当する木本邦彦 photo by Fujita Masato『中日スポーツ』でグランパスを担当する木本邦彦 photo by Fujita Masato 22年前の快進撃を振り返りながら、木本は「今思えば、あのとき、ベンゲルはよく辞めなかったな、と思う」と言った。

「あのとき」とは、6勝10敗の12位で5月上旬のリーグ中断を迎え、フランスキャンプに出発する前に開かれた、ベンゲルとメディアとの懇親会のことである。

 そこで報道陣から「ヨーロッパと比べたら(名古屋)グランパスのレベルは低い。それに合ったやり方があるのでは?」という質問を何度も受け、ベンゲルの表情が変わった。

「ベンゲルがね、『私はこのやり方でずっとやってきた。それが受け入れられないならフランスに帰る』と怒り出したんです。ベンゲルからすれば、プロリーグができて2年のお前たちに何がわかるんだ、っていう気持ちがあったと思う。でも、ベンゲルは辞めませんでした。フランスキャンプではより細かく指示をするようになったというし、毎日のように朝まで試合映像を分析して、どうしたら強くなるか研究していたみたいです」

 試合映像を見るのはベンゲルの日課だった。それは、グランパスや対戦相手の試合だけでなく、ヨーロッパのサッカーなど多岐にわたった。

「ベンゲルの自宅のリビングには大きなテレビがあるんですけど、練習後から深夜遅くまで、そこで延々とサッカーを見ているんです」

 通訳の村上がそう証言する。村上は当時、ベンゲルやコーチのボロ・プリモラツを私生活でもサポートしていた。朝、彼らを迎えに行くと、プリモラツが眠そうな顔で出てきて愚痴をこぼすことが何度かあったという。

「ボロがあくびをしながら、『昨日はボスに3時まで付き合わされたよ』って嘆いていましたね」

3 / 4

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る