2018.02.28

居残り練習もキュウリも禁止。
ベンゲルがグランパスで見せたこだわり

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi

【短期連載・ベンゲルがいた名古屋グランパス (7)】

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コンディション、食事に目を光らせる指揮官

 密着マークに定評のあるヴェルディ川崎のDF中村忠が、ピッチの上で困惑する素振りを見せていた。無理もない。彼が密着マークを命じられた相手チームのエースが、ピッチの中にいなかったのだから。

『中日スポーツ』の木本邦彦が笑みをこぼす。

「ピクシーがメンバー外だったんですよ。それで記者仲間と『おい、中村ミニラ(映画『ゴジラ』シリーズに出てくるミニラに似ていたことからついた愛称)、マークする相手がいなくて戸惑っとるぞ』と話したのを覚えています」

ベンゲル政権時代のグランパスイレブン photo by FAR EAST PRESS/AFLO 1995年ニコスシリーズ(第2ステージ)開幕から4連勝を飾って迎えた8月26日のヴェルディ川崎戦。初のステージ優勝を目指す名古屋グランパスにとって最初のヤマであるこの試合で、ドラガン・ストイコビッチはスタメンから外れたばかりか、ベンチにすら入らなかった。

 出場停止だったわけではない。右ヒザに痛みを訴えていたが、プレーできないわけでもなかった。だが、ストイコビッチに疲労が溜まっていると判断したアーセン・ベンゲルは、エースに休養を与えたのである。再び木本が振り返る。

「当時は水曜と土曜に試合があって、常に連戦だったでしょう。それでピクシーを休ませたんだけど、よりによって(Jリーグ創設から2年連続で年間王者に輝いていた)ヴェルディ戦で休ませるとは思いませんでした。その決断には驚かされましたね」

 ベンゲルはこの大一番を前に「重要な試合だが、決定的な試合ではない」と語った。休養を与えることで、ストイコビッチが次の試合から再び万全のコンディションで臨めるだけでなく、ストイコビッチに依存していたチームを試すという狙いもあったのかもしれない。もし、エース不在でヴェルディに勝てば、チームの自信がさらに増す一方で、ヴェルディのダメージは2倍、3倍にも膨れ上がるはずだった。