加地亮が28歳で日本代表を引退した真相。「自分が壊れてしまうと...」 (3ページ目)

  • 高村美砂●取材・文 text by Takamura Misa
  • photo by Koji Watanabe/Getty Images

 なかでも、彼らが備えていたプレーの"落ち着き"や"余裕"は、何よりも羨(うらや)んだ部分です。(それらのことを)どう表現すればいいのか......、最後の最後でプレーの選択を変えられる落ち着きというか、相手のプレッシャーをギリギリまで見極めたうえで、スッと選択を変えられるセンスというか。あれを僕自身も培わなければ、ガンバのサッカーには一生入っていけないと感じていたこともあり、とにかくそれらを身につけようと必死だった。

 しかも、そこに加えて『タイトルを獲って当たり前』というプレッシャーもありましたからね。正直、当時はほんまにしんどくて、最初の2、3年......いや、5年くらいまで、まったく余裕なくサッカーをしていました」

 当時は、すでに日本代表選手としてもその中心で輝いていたことを思えば意外な言葉だが、その苦しみが彼の中でマックスに達していたのは事実だろう。

日本代表でも不動の右サイドバックとして活躍していたが......日本代表でも不動の右サイドバックとして活躍していたが......

 その証拠に加地は、2008年5月、自ら日本代表からの引退を宣言する。まだまだ成長途上にある、28歳でのことだった。

「当時は、本当の意味で『ガンバのサッカーの一員になりたい』という思いと、日本代表という別次元のプレッシャーとの間で、かなりアップアップの状態でした。このまま両方を並行して戦っていたら、自分が壊れてしまうというか......。

 そうした状況の中で、ガンバに来て新たなレベルを感じたことで、さらに強くなった『もっとうまくなりたい』という欲も保てなくなってしまうと感じて、それならば『チームでのプレーに集中しよう』と、代表から退くことを決めました」

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