Jリーグ、Kリーグ、北朝鮮代表......安英学はたくさんの橋を架けた (4ページ目)

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko  photo by Getty images


 在日コリアンである安にとって、Jリーグも北朝鮮代表もKリーグもその属性から言えば、すべてがアウェーであったと言えよう。しかし、彼は自らの存在を日本社会や北朝鮮代表にプレゼンテーションしながら、橋を架け続けた。その跡を後進が続いている。

 安は現在、母校立正大サッカー部アドバイザーとして週に一度、大学の練習を見ている。気さくな性格に加え、監督やコーチとは違う立場ゆえに選手もよく相談にやってくる。中にひとり、熱心に慕ってくる日本人選手がいた。意気に感じてアドバイスするうちに自然と仲良くなった。

「ヨンハさんはどうしてプロになれたんですか」

 安は浪人時代を思い出しながら答える。「それは努力したからだと思うよ」

「じゃあ、なれなかった他の人は努力をしていなかったんですか」

「うーん」。決して努力をしていなかったわけではない。では自分はどこが違ったのだろうか。自問してから回答を言った。

「俺の場合はやはり背負っているものがあったから、頑張れたというのがあるかな」

日本人とは大きく異なる背景がある。そこで若い選手は考え込んだ。幸か不幸かマジョリティである自分には背負うもの、誰かのために闘うというものがない。

「じゃあ、僕は......」。いつも親身になって話をしてくれる大好きな先輩のことを考えた。「ヨンハさんのために頑張りますよ」「いや、俺はいいよ」。思わず苦笑した。いかにも安らしいエピソードであった。

 人柄のことばかり書いてきたが、私にはアスリートとしての安の忘れられないシーンがある。ドキュメンタリー『在日朝鮮人Jリーガー』の中でのワンカット。アルビレックスがJ1昇格を決めた試合の帰りに『情熱大陸』よろしくタクシー内でインタビューを受けているのだが、この試合に後半残りわずかの出場しかできなかったことに対する激情が表情から滲み出ていた。チームの勝利は嬉しいが、先発できなかったことの悔しさ、自分のふがいなさに対する怒り等々、渾然となった熱い感情が安の全身からギラギラと滲み出ていた。これもまた闘い続けてきた彼の本質である。

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