2017.05.26

Jリーグ、Kリーグ、北朝鮮代表……
安英学はたくさんの橋を架けた

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko  photo by Getty images


 道は険しかった。Jリーグには外国人特別枠、通称在日枠というものが存在する。日本国籍を持たない者でも、学校教育法の定める一条校を卒業していれば、外国籍選手と見なされないのである。が、それは各チームに1枠だけである。一条高ではない民族学校出身の安は、そのためにも日本の大学に進む必要があった。目指すのは大学卒業時のプロ入りである。受験勉強はもちろん、19歳という成長期にトレーニングを怠るわけにはいかない。ライバルとなる同世代の選手たちは、すでに大学や所属クラブで合宿や公式戦を経験しながら研鑽を積んでいるのだ。そのハンディを埋めるためにも練習は不可欠だが、ひとりでやるには限界がある。同級生が荒川区にある朝鮮第一初中級学校のOBチームを紹介してくれた。

 安はこの場所で「あの人と巡り合っていなかったらプロになっていなかった」という出会いを果たす。5歳年上の人物、パク・トゥギである。ラグビー部のOBながらサッカー好きで、朝高卒業後にこの地元のチームでプレーしていたトゥギは奇特で、そして熱い男だった。安がプロを目指していると聞くと、自分も仕事があるにも関わらず、たったひとりの練習に、個人トレーナーよろしく徹底的に付き合い始めたのである。安はトゥギのことを漫画『あしたのジョー』で矢吹丈を育て上げた丹下段平に例えることがある。しかし、丹下にはボクシングジムを作るという野望があった。トゥギにはそれすらない。

 当時の気持ちをトゥギに聞いても「特には......。まあ自分もサッカー好きなんで」というだけである。

 ふたりは毎朝6時に日暮里駅に集合して、御殿下の東大グラウンドまで移動、午前中はグラウンドでたっぷりとふたりで基礎練習をし、午後は昼休みに出てきた学生や職員のゲームに混ざってボールを蹴った。東大の選手たちも学校とは直接関係のないこの在日のふたりを、まるで古くからの知り合いであるかのように受け入れていた。夕方には荒川の中級学校の校庭に場所を変えて夜遅くまで練習、それが日常であった。ときにはトータルすると、一日12時間ものトレーニングをしていた。トゥギはことあるごとに「ヨンハは必ずプロになれる。大事なのは魂だよ、魂」と言い続けた。