現役引退の佐藤由紀彦。岡崎慎司からの意外な反応

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 松岡健三郎/アフロ●写真

 引退後の道を、佐藤はまだ決めていない。長崎にい続けるのか、東京に移るのか、拠点をどこにするかも未定だ。4人の息子の父親として、収入を確保しなければならないという責任はある。

「サッカーに携わっていくことは間違いないです」と彼は説明したが、佐藤がサッカー以外のことに関わっている姿を想像することの方が難しいだろう。指導者であれ、解説者であれ、なんであれ、彼は全力で打ち込むはずだ。

――最終節に放った右サイドからのクロスはとても美しかった。まだ十分に現役が続けられると思うくらいに。

 最後にそんな言葉を贈ったときに、彼は少し照れ臭そうに鼻をかきながら、こう答えを返している。

「そう言ってもらえるのは嬉しいっすね。でも、あれは人生で数えられないくらいに打ち込んでいるクロスなもんで。体に染みついているものですから、悪くもなかったし、良くもなかったと思いますよ」

 右足のクロスに匂いがあった男は、その匂いを残して去る。

 Sportivaのノンフィクション連載『アンチ・ドロップアウト』で描いた男たちは、スパイクを脱ぐ決断を下した。しかし、藤本主税と佐藤由紀彦はなにかに屈したわけではない。むしろ、彼らは勝利者だった。20年もの現役生活を続ける、それだけで祝福するべき偉業なのだ。

(藤本主税の記事はこちら)
 サッカー選手は二度死ぬ。それがサッカーノンフィクションを書くときの筆者の持論である。選手引退を決めた彼らの死に様は成仏できるものだった。多くの人に愛され、見送られ、逝ったのだから。なにより、己自身が戦いに納得していた。

 スパイクを脱いだ彼らは、これからもう一つの人生に向かう。


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