現役引退の佐藤由紀彦。岡崎慎司からの意外な反応 (4ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 松岡健三郎/アフロ●写真

 佐藤は一人のサッカー選手として、最後まで自分と正面から向き合っている。試合に出られない状況に、彼は殺気立っていった。11月5日に現役引退を発表し、11月15日の引退セレモニーが行なわれたホーム最終戦で試合に出られなかったとき、誰というわけではなく、強い憤りを感じた。試合に出られない自分を許せず、どうにかなりそうだった。残り1週間は怒ったまま、かつてないほど集中して過ごすことができた。

 そして最終節の栃木戦、彼は後半42分に交代で出場している。

「誰がなんと言おうと、あれは自分で勝ち取った出場機会だった。決して与えられたわけじゃない。それだけは伝えておきたいですね」

 佐藤は視線を鋭くした。

「周りから、“長崎じゃなければもっと出場機会がある”と言われても、オレは長崎で出ることしか考えなかったし、考えたくもなかった。たら、れば、で余計なことが頭に入ると目の前の戦いに迷いが出る。オレは目に見えることしか信じない。全力で戦いたいんですよ。たとえ不器用な奴だと笑われてもね。まあ、穏やかじゃない終わり方がオレらしい。そのおかげで、サッカー選手として最高の1週間を過ごせましたから。それは導いてくれた運命だったのかもしれない」

 スパイクを脱いだ男は、優しく笑った。

――プロに入った佐藤由紀彦にタイムマシンで会いに行けたら、なんと声をかけるだろうか?
「『苦労は買ってでもしろ』ですかね。それは必ず武器になるはずから。人間として、男として、ね。その考え方は、自分の息子たちの教育にもつながっているんですけど、打算的に物事を考えずに行動して欲しい。目の前のことを乗り越えることで、その後に少々のことでは動じない男になれるはずだから。それはきっと人間的な魅力にもつながると思うんですよ」

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