2014.09.20

鹿島vs.横浜FM、記念すべきリーグ戦50回目の老舗対決

  • 中山淳●文 text by Nakayama Atsushi 山添敏央●写真 photo by Yamazoe Toshio

 一方のF・マリノスも、リーグ優勝3回(ステージ優勝5回)、ナビスコカップ優勝1回、天皇杯優勝7回(前身の日産自動車時代を含む)。アントラーズには及ばないものの、優勝回数で上位を争ううえに、22年間に渡って日本のトップリーグに所属し続けているという点において、こちらも国内屈指の名門であることに異論はないだろう。

 このカードで思い出されるのは、Jリーグ初年度の1993年ファーストステージ第15節。マリノスが初めて鹿島のホームで戦ったそのゲームでは、実に珍しい事件があった。

 当時、国内のスタジアムの中で芝が深い(長い)ことで知られていたカシマサッカースタジアムに乗り込んだマリノスだったが、実際にプレイしてみると予想以上に芝の深さに苦しみ、なかなかリズムがつかめない状態が続いた。そこで試合中に、当時の主軸だったベテランの木村和司や水沼貴史らがピッチの外に出てスパイクを履きかえていると、主審が彼らをピッチに戻す合図を出す前に、アントラーズの黒崎比差支(現・久志)が先制ゴールを奪ってしまったのである。

 試合中、複数の選手がスパイクを履きかえるためにピッチの外に出てしまうなど、なかなか現代サッカーでは見受けられないシーンである。まさに、時代を感じさせる歴史的珍事件のひとつと言っていいだろう。ちなみに、その先制点で勢いづいたアントラーズは、その後アルシンドの2ゴールもあり、3-1で勝利。最終的には、Jリーグ初年度のファーストステージ初優勝を飾っている。

 とはいえ、当時のJリーグはヴェルディとマリノスの2強時代。宿敵ヴェルディに2年連続で覇権を握られたマリノスは、3シーズン目の1995年のファーストステージで初優勝。その年のチャンピオンシップでセカンドステージを制したヴェルディを破り、初めて年間王者に輝いている。

 1995年当時のマリノスは、チームの礎(いしずえ)を築いた名将ホルヘ・ソラーリと、1993年得点王のディアスが5月にチームを去ったものの、ビスコンティ、サパタ、メディナベージョのアルゼンチントリオを軸に他を圧倒。第11節から定位置を確保した若き正GK川口能活ほか、日本代表の井原正巳をはじめ、小村徳男、三浦文丈、山田隆裕ら日本人のタレントが活躍し、優勝シャーレ(皿)を掲げることに成功した。

 アントラーズが初めて年間王者に輝いたのは、その翌年のことだ。マリノスと入れ替わるように覇権を握ると、1996年、1998年、2000年、2001年に年間優勝。クラブの第1期黄金時代が到来することとなった。