給料はセレッソでなく日本政府が? 珍説も出たフォルラン移籍の舞台裏 (2ページ目)

  • 三村高之●文・写真 text & photo by Mimura Takayuki

 その後、スペインのビジャレアル、アトレティコ・マドリード、イタリアのインテルを経て、2012年からブラジルのインテルナシオナルへ入団。ヨーロッパでも好条件のオファーが多数あったが、ブラジルW杯に備えるためこの地を選んだ。それがこの時期にブラジルを出ることになったのは、契約延長を望んだインテルナシオナルにはプレイスタイルで不満があったから。ミラン(イタリア)の監督となった元オランダ代表のセードルフの後釜にとラブコールを送っていたボタフォゴとは金銭面で折り合いがつかなかった。

 セレッソ大阪のライバルとなったのは、プレミアリーグのウエストハム、メキシコのアメリカ、北米MLSのトロントだった。フォルランは以前のインタビューで、「MLSでやってみたい。これまでにオファーを受けたことはないが、チャンスがあれば行きたい。バケーションで訪れて、北米がすごく気に入った」と語っており、トロントが有力かと思われた。

 しかし、父親のパブロがウルグアイ報道陣に「とても断れない金額」と語った条件を出したセレッソ大阪が逆転に成功。なお、この話には尾ひれがつき、ウルグアイでは「フォルランの給料は日本政府が支払う」というニュースが流れた。諸外国、特に南米では給料の遅配や未払いは日常茶飯事。セレッソ大阪にはその心配はない理由として、「大阪市がバックについており(出資先のひとつ)、クラブ運営は健全である」との説明を、勘違いしたものと思われる。

 フォルランの売り物は、スピードと豊富な活動量、そして正確なプレースキックだ。中山雅史や元クロアチア代表のスーケルのように、最近では少なくなった、闘志をむき出しにして動き回り、前線からチームを引っ張るタイプだ。そしてストライカーまたはセカンドストライカーとして決定的な仕事をする。34歳となり身体能力の低下は隠せず、代表での出場機会は減っているものの、インテルナシオナルでは昨シーズン35試合で17得点の成績を残している。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る