漫画家とノンフィクション作家が語る「サッカー選手の描き方」 (3ページ目)

小宮 子どものころから漫画を描いていたんですか。

中村 こっそりと。ただ大手を振って漫画家になるとは言えずにいました。普通に大学に行き、先生になるために教育実習に行って、そこで進路について真剣に考えるようになって、やはり一番好きなもので勝負したいな、と。最初は先生をやりながら漫画を描けるかなとも思っていたのですが、先生もそんなに甘いものではなかったですね。それから専門の学校に入りなおしたので、漫画家としてのデビューは24歳と、遅いほうなんです。

小宮 結局、信じる力が強い人は、程度の差こそあれ、その世界に入れる可能性が高いんじゃないですか。サッカー選手はまさにそうで、長友佑都も本田圭佑も岡崎慎司も、ダメ出しされたのは1回や2回ではない。そこから成長する選手のほうが強靭なものを持っていたりします。そういう曲がり角の部分に書き手としてはドラマを感じます。

中村 気持ちは大事ですよね。僕が陸上でそこまで止まりだったのも、やはり気持ちが入ってなかったからだと思います。人より速くなろうという気持ちがなくて、ただ言われたとおりに練習をしていただけだったから。

小宮 でも漫画では本気になれたということですね。不思議なことに、サッカーではエリートと言われた選手はそのままいかないんです。一時期、中国が国家プロジェクトとしてサッカーの強化に乗り出し、エリートを集めて海外遠征をしたりしていたのですが、いつの間にかエリートが枯れてしまった。たぶんそれはサッカーが対人プレイだからだと思います。スペインの選手は、サッカーは単純にシュートの練習だけをしても意味がないと言います。サッカーではシュートをする際、敵、味方が必ずいる。だから駆け引きとか人との距離感、タイミングやスペースの感覚を学ばなければいけない。そんなスポーツだからこそジャイアントキリングも起こり得るのだし、ファンも多いのだと思います。

――単行本『1/11』6巻には安藤ソラを追うジャーナリストが登場します。

中村 実際にサッカージャーナリストを取材すべきかどうか迷い、小宮さんに連絡をとろうとする寸前までいったんです。ただ、実際に会って想像力の妨げになると怖いなという思いもあって…。

小宮 連絡をとらないで正解ですよ。僕は結構変わっているほうだし、ジャーナリストの友達がほとんどいないから他の人がどうかもよく分からない(笑)。

――『1/11 じゅういちぶんのいち』に出てくるジャーナリストの御手洗恭輔は、小宮さんの目にはどう映りました?

小宮 取材の方法は人それぞれでしょうが、御手洗君に対して「オレだったらこうするのにな」と思ってしまいました(笑)。

中村 どういうところが違うのでしょう。

小宮 例えば僕には、取材をしてる選手に対して、可能性があるならチャンピオンズリーグに出られるようなチームへの移籍を勧めてしまうようなところがあります。移籍というのは風が吹くようなものだと思うんです。いい風が吹いたときに、主人公のソラ君にはそれをものにして欲しいと思ってしまうんです。そんなことをしたらストーリーがムチャクチャになってしまいますが(笑)。

中村 選手にそこまで言えるというのはすごいですね。

小宮 その部分ではジャーナリストとは言えないのかもしれません。ただ、僕はスペインにいた時代、向こうのサッカー選手が持っている空気、リアルを感じ取ったのが大きかった。日本の選手へのインタビューでなぜそこまで踏み込めるのかというと、やはり僕は彼らが見たことのない風景を見たことがあるからなんです。それが選手に接する時の自信につながっているし、それがなくて「移籍したほうがいいよ」なんて言ったらぶん殴られますよ。

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