【Jリーグ】引退を決意していた広島・森﨑和幸を救った3人の恩人 (2ページ目)

  • 原田大輔●文 text by Harada Daisuke
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

 翌日、帰国の途につくが、国際線での飛行機移動だったため、ひとりで考える時間が長過ぎたことが和幸の不安を一層煽(あお)った。そして、行き場のない不安に追い詰められた和幸は、空港から広島市内へ戻るバスの中で、妻へ一通のメールを送った。

「オレがサッカーを辞めるか、それともオレが死ぬか。志乃が選んでくれ」

 広島駅に着くと、迎えに来ていた妻の顔を見るなり和幸は号泣した。

「本当は中国に行くだけでもしんどかったんです。帰りはもっとしんどくて、(妻と)会った瞬間に自然と涙があふれてきて止まらなかった。ああいうメールを送れば、妻は『辞めていいよ』と言ってくれるのがわかっていた。だから、わざとああいう文面を送ったんです」

 1度目の「辞めたい」から2度目は「辞めよう」に変わったが、ついに3度目は「辞める」にまで至っていた。

「(体調が)悪くなり始めてから(気持ちが)落ちるまでの期間が、今まででいちばん早かったですね。それまでは(症状が出るまで)ゆるやかだったのが、このときは急激でした。それだけに、ショックが大き過ぎました。あのときは、もう復帰したいとは思わなかったですね。インターネットで次の仕事を探したりもしましたし、引退会見を開いてもらうなら、そこで何を言ったらいいのだろうかと考えていました」

 それでも和幸は、数カ月の休みを経て、三たびピッチに戻ってきた。ただし、1回目や2回目のときとは、心境が違っていた。

「休んでいる間に、妻に『サッカーを辞めるにしても、中途半端に辞めたのでは、次の仕事も簡単には見つからない』と、結構きつく言われたんです。確かに、家にいるだけの生活も楽ではなかったし、僕自身も『このままではいけない』とは思っていたので、しっかりとサッカーを辞めるために復帰しました。練習に参加したのは、試合に復帰するためではなく、そのシーズンをサッカー選手として過ごして、きっちりと"サッカーを辞める"ためだったんです」

 そんな和幸の気持ちを見透かしていたのか、ペトロヴィッチ監督はなかば強引に試合へと復帰させた。和幸本人としては、まだ連戦に耐えうるコンディションではないと考えていたが、指揮官はお構いなしに先発で起用した。

「自信はなかったですけど、試合に出ると勝手に身体が動くんですよね。試合にも負けなくて、みんなと喜びを分かち合っていると、『これがサッカーのいいところだな。自分が求められている場所はここなんだな』と自然に思えるようになった。ナビスコカップ決勝に臨んだときには、もう『辞めたい』とは思わなくなっていた。それまでが地獄だったので、ここで勝てれば、それこそ天国。だから全力でやってやるって思っていました」

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