2012.03.11

震災から1年。福島ユナイテッドFC、残された者たちの闘い

  • 矢沢彰悟●取材・文 text by Yazawa Shogo
  • photo by Yazawa Shogo

現在もリハビリ中のGK内藤友康選手。復帰は近いという
 塁の実兄である時崎悠は、今季から監督に就任した。まず昨年失った戦力の補強から始め、これまで12名の選手が入団を決めた。

「でも、実際は断られている数のほうが圧倒的に多いですね。やはりもう一個上のJFLに上がらないと福島はホント厳しくなってくるんじゃないかなと自分でも感じているので、まず今年は本当に結果にこだわってやりたいです」

 震災後、妻と娘は妻の実家に避難した。だが監督という立場になって、今は迷いよりもとにかく結果にこだわる。自分の肩にチームの全責任がのしかかる。そんな自覚が今はある。

 GKの内藤は昨年11月の全国地域決勝リーグで、約4カ月ぶりに公式戦復帰した。実はチームに合流してから8月に、膝を痛めて長期離脱していたのだ。福島に戻るとき、両親に「福島のために頑張ってこい」という後押しを受けた。家族や恋人などから福島に戻ることを反対された選手がほとんどの中、内藤自身、少しビックリしたという。

 だが、その復帰戦で内藤は致命的なミスを犯してしまう。相手DFが“とりあえず”蹴ったロングボールが手前でバウンドし、中途半端に前に出てしまった内藤の頭上を越え、ポストに直撃。そこをFWに詰められ、先制点を献上してしまったのだ。試合勘はまったく戻っていなかった。

「本当は“もう今年で引退してもいいかな”って思ってた。でもあのミスをした時、“このままじゃ辞められねーな”って思って。手塚監督もこれでクビになったんだし。ケガ明けでも信頼してくれて出してもらったのに。だからとりあえずあと1年やって、その後のことはその時考えようって」

 手塚監督が内藤のミスによって解雇が決まったのかどうか、その真相は知る由もない。だが内藤自身はその責任を心の奥で重く感じている。

 高校時代は神奈川県ナンバーワンGKと言われ、卒業後は名古屋グランパス、アビスパ福岡、モンテディオ山形といったJリーグのチームを渡り歩いてきた内藤。しかし、これまで幾度もケガに泣かされてきた彼は、今年の高校時代のサッカー部仲間で集った新年会の席で、皆の前でこう言っている。

「オレ、今年も大きいケガしたら、もう引退します」

 おそらく半分は酒の勢いから出た冗談だが、もう半分は本気だ。震災後はサッカーをやることに迷いも生じた。足の古傷も少なくない。もう引き際かな、と考えても無理はない。だが久しぶりに会った旧友たちから仕事の辛い話などを聞いて、こうも思った。

「他のみんなと比べたら、オレはいいほうだなって思うもん。やりたいことやってられてさ。まあ給料は安いけどな(笑)」

 この先に様々な不安が待っていようとも、好きなサッカーから離れることはできなかった。そんな男は今年、チームキャプテンに任命された。「マジですか?」と3回ほど聞き返したという。

 昨年、今まで経験した事のない非常事態に見舞われた男は、この福島の地で生まれて初めてのことに、今年もまた挑むことになった。

 内藤だけではない。この福島ユナイテッドFCに関わるすべての者たちが、震災後の混乱の中、敢えて闘いを続ける選択をした。そして今年も、JFLという未踏の領域へ挑戦を続ける。

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