日本サッカー界の名将たちを育て上げた男。その指導から考える真の「育成」 (5ページ目)

  • 木村元彦●取材・文・写真 text & photo by Kimura Yukihiko

木村 さらに中長期の目標を設定させて、そのために何をすべきか、考えさせる。それがどんどん身近になってきて、じゃあ今日の練習は何の課題に取り込むとか。こういうメソッドはスポーツのみならず色んなことに応用できると思うんですよね。

平尾 そう、中長期的な視点をね。今スポーツ界は逆ですよね。目前の大会で結果を出すことばかりに目が向いている。人間的な成長よりも競技能力の向上と試合結果を優先的に追い求める、促成的なスポーツ指導がまかり通っています。短期的に結果を出すためには、上意下達で厳しく指導する方が効率的です。本人がじっくり考えて、納得できる答えにたどり着くのを待ってなんていられない。だから上意下達の命令系統の絶対性であったり、下の者が上の者に意見することはよろしくないというエートス(慣習)が残ってしまっている。まるで上官の命令通りに動く一兵卒のような、そんな人間を作っているという気がします。

 そうではなくて、問題意識や課題を発見し、それに対処する方法までを自分で考える、そんな人間に育つようなスポーツ指導のあり方を追求しなければなりません。僕はそこを変えたい。そのためには、中長期的な視点をもちながら、やはり現役時代から社会を知る、スポーツだけに打ち込むのではなく興味や関心を広げて社会と接点を持つ、というのはすごく大切だと思います。

木村 現役時代から社会を知ることがセカンドキャリアに繋がるわけですから。

平尾 ええ。トップアスリートがセカンドキャリアを歩み出すときに、まずしなければならないのは、プライドを捨てることだと思います。でも、輝かしい実績に裏打ちされたプライドは、すぐに捨てられるものではありません。成功体験を捨てるというのは、言葉でいうほど簡単ではない。だから、現役選手でいるあいだにセカンドキャリアを見越して、教育として行っていくことが大切だと思います。

 残念ながらほとんどのアスリートは、人生の前半に絶頂期をむかえます。引退後の人生って、現役生活と同じかそれ以上に長いんです。選手としてではなく一人の人間として人生を考える。そういう視野を早くから身につけることができれば、勘違いしたプライドは持たなくても済むんじゃないかと思うんです。

 それには、やはり社会を知ること、スポーツの外にある世界に積極的に働きかけてみることです。自分がやっているスポーツを知らない人には、専門用語を駆使したいつもの話し方では当然のことながら話が通じません。専門外の人に伝えるためには、自分がやっているスポーツを言語化しなきゃいけない。「当たり前」を解体して言葉を選ばなければなりません。この対話を通じて社会を知り、自分自身を客観視できるようになれば、偏ったプライドができるはずがないと思うんです。

木村 本書で何人か今西チルドレンの選手を挙げたんですけれども、平尾さんから見て共感したという選手はいますか。

平尾 それはもう先ほどの高木琢也選手ですね。自分の境遇と重ね合わせて胸のあたりがキュッとなりました。そしてもうひとりは今、U17日本代表監督をされている森山佳郎さんです。スポーツ教育に対して森山さんが口にされている台詞に関しては、赤線も引きました。自分としてもこうありたいな、こういう考え方でいたいなということを的確に言葉にして示しておられたので。

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