日本サッカー界の名将たちを育て上げた男。その指導から考える真の「育成」

  • 木村元彦●取材・文・写真 text & photo by Kimura Yukihiko

木村 久保さんが引退の挨拶に来たら、今西さんがその場で就職を決めてくれたそうで彼もびっくりしたそうです。選手の引退後の世話もさかんにしていましたが、誠二さんの場合、セカンドキャリアについてはどのような対応のされ方をしていたのでしょうか。

平尾 僕は31歳のときにケガで現役を断念せざるをえなくなりました。脳震盪の後遺症と診断され、2年間リハビリをしましたが治らなかった。復帰が絶望的になった時期に、すでに家業の建設会社を畳んでいたこともあって、「これから指導者を目指します」と伝えました。そうしたら、教育学部のある大学の関係者を紹介してくれました。指導者になるまでのつなぎとして職もあてがってくれた。

 大学院で学ぶ間に、指導者から大学教員へと志望が変わって今に至るわけですが、平尾さんがいなければ今の自分はいません。ラグビーもたくさん教えていただきましたが、それ以上に人としての生き方を学びました。

木村 もしかしたら、指導者としての特性があるっていうのは、誠二さんはかなり前から見抜いておられたんじゃないですかね、平尾さんのことを。

平尾 そうかもしれません。学者を目指すことにしてすぐ、幸運が重なって今の大学に決まったんですけど、そのときに「教育者って、お前に向いていると思うわ!」って言われたんです。めずらしく断定口調で。どんな話でも「俺はこう思うけど、また違う考え方もあるわな」というような、いわゆるオープンエンドなかたちで、ほとんど断定をしない人なんですけどね。言い切ったことと、言葉に力が籠っていたので、印象に残っています。

木村 上野展裕選手を今西さんが全日空からリクルートしてきて、さあこれから現役頑張ろうという時に、ところで君は辞めた後どうするんだ?と聞くんですよね。入る前から引退後の話をするわけですが、指導者に向いているということが頭にあったと言うんですね。その人物をきっちり掴んでないと言えませんね。

平尾 そうですね。それともう一つ、他者が指摘することでポテンシャルが生まれる、ということもあるじゃないですか。ポテンシャルって潜在能力のことですから、いまだ開花していない隠された能力のことですよね。「君の良いところはここなんじゃないか」と言われて、はじめて自分のポテンシャルに気がつく。気がつけばそこを伸ばそうと意識的に努力ができる。

 最初からそこにあるものではなく、他者の視点を介してはじめて現れる。順序が逆転するというかなんというか。これって教育の本質だと思うんです。自分でも気づいていないものに気づかせてあげる。それができる人を教育者っていうんだと思います。

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