日本サッカー界の名将たちを育て上げた男。その指導から考える真の「育成」 (2ページ目)

  • 木村元彦●取材・文・写真 text & photo by Kimura Yukihiko

木村 それは今西さんと高木琢也さんの関係と同じですね。本にも書きましたが、高木さんが大学卒業後に今西さんからのマツダの誘いを蹴って、フジタへ行くのですが、彼も一年後にフジタを出たいと考えた時に、「それならうちに来い」と。

 高木さん自身もびっくりしたと言っていましたけど、ある意味顔を潰していたのに二つ返事でマツダへ入社させてくれたばかりでなく、企業間の移籍の規定で公式戦に出られない期間もイングランドのマンチェスター・ユナイテッドに留学をさせてくれたという。親身になって選手のキャリアを考えてくれたわけです。

平尾 僕もそこの箇所を読んで驚きました。移籍の規定で公式戦に1年間出場できないのも同じなんですよね。平尾さんも神戸製鋼入社時に僕がセカンドキャリアを気にしていることを伝えると、会社全体がやっている仕事がわかる「神戸プロジェクトグループ」という部署に配属させてくれました。入ってからもラグビーのことだけではなくて、この先どうするんだと盛んに訊いてくれたんです。

 当時は、祖父が建設会社を経営していたので、「それを継ぐことも選択肢です」と伝えると、「それならいろんな人間を知っといたほうがええな」と積極的に食事に誘ってくれました。平尾さんの個人的な友達を紹介してくれたこともあります。とにかくいろんな人と出会う場を作っていただきました。

 ことあるごとに「最近、どうや?」「この本、オモシロいぞ」とか、声をかけてくれる。「最近のチームはどうや? お前はどう思てんねん?」とか。なんで僕、キャプテンでもないのに、と思いましたが。

 でも後から考えると、将来もしかしたら家業を継ぐことになるかもしれない僕を心配してくれていたのかなと。経営者として、あるいはひとりの社会人として必要なソーシャルスキルみたいなものを、身につけさせようとしてくれていたのかなと思います。まあ平尾さんは粋な人なので直接的には一切言わないんですが、その「場」に連れていくことで伝えようとしてくれた。そこで自ら学べよ、と。今西さんが、レポートを書かせたり、人前でスピーチをさせたり、選手のコミュニケーションスキルをアップさせるようなことを、自然体を装いながらされていたわけです。

木村 なるほど。それも一般化してあてはめるのではなく、相手を見て対応しているのでしょうね。今西さんは久保竜彦さん、あの不世出のストライカーが入団時に引っ込み思案で誰とも会話を交わさず、寮の食事が口に合わないのを知ると、閉店していた馴染みの食堂に頼んで店を開けてもらって栄養食を提供してもらっていました。久保さんがヒーローインタビューでぶっきらぼうなのを見ると話し方教室を作って、アナウンサーに事前に質問事項を渡してやってくれと頼んだりもしていました。

平尾 はい、平尾さんは僕の性格を見越していたのだと思います。今西さんみたいに、本人が育つようにそっと働きかけるところがまさに育将ですね。選手のポテンシャルを開花させるために、地方出身で物おじしていた久保選手は高校時代の恩師に訊いて早く結婚をさせたほうが良いと判断して、プライベートにまで踏み込むのですからね。そこがすごいですね。情熱的です。

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