メキシコ戦の敗因は決定力不足ではない。森保Jの「半端さ」が原因だ (3ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 日本サッカー協会●写真 photo by JFA

 このところ、森保監督はこの2つのコンセプトが異なる布陣を、試合ごとに使い分けているが、このやり方を続けていると、スタイルは定まらなくなる。どちらも中途半端に終わる。練習時間の少ない代表チームの場合はとりわけ、だ。

 メキシコがそうであるように、代表チームのスタイルはたいてい普遍的だ。試合ごとにコロコロと変えない。さらに言えば、監督が交代してもコンセプトは保たれる。日本代表には浸透していない文化だ。サッカー協会が一定のコンセプトに基づいて監督探しをしていない証拠だと言っても言いすぎではない。
 
 メキシコはサッカーのスタイルとして、本当に見習うべき国なのか。そこが詰められていない気がする。0-2という結果は、その産物に見える。

「日本と同じロシアW杯ベスト16の国でも、これだけ差があるのだということを全員が自覚して、もっとレベルアップしないといけない。自分たち(日本)がやりたいことをやっていた。奪われた後のプレスであったり......」とは、試合後の吉田麻也のコメントだが、根本的な原因は、コンセプトを試合ごとで変えることにある。

 修練されているサッカーと、修練されていないサッカーの差を見た試合。日本代表のサッカーはかくあるべしという方向性が定まっていない、日本の弱さを露呈した試合。メキシコ戦は日本サッカーの半端さを浮き彫りにした試合と言える。

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