2020.07.22

大久保嘉人が語る東京五輪世代
「久保、堂安らのレベルは高いけど…」

  • 佐藤俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

「言葉の壁。スペインに行く前は『(どこであろうと)サッカーなんだから、なんとかなるやろ』って思っていたけど、甘かった。スペインに行って、語学学校とかに通っていれば、4カ月ぐらいで相手が言っていることは、耳に入ってくるようになるし、単語もわかる。でも(自分からは)言葉が出てこない。会話ができない。

 サッカーでは(周囲に)要求するし、(周囲から)要求される。監督からの指示や戦術面での細かい話もある。試合に出られなくなった時、監督から『おまえは、技術的には試合に出てもおかしくないけど、コミュニケーションに問題があって、その辺のバランスからベンチにいる』と言われた。

 その際、『そうじゃないだろ』とは思わなかったね。たしかに『そりゃ、そうだ』って、普通に思っていた」

 大久保がアテネ五輪以降に描いていたプランは、スペインに行くまでは順調だった。だが、そこで思うような結果を残せず、目標のひとつだった2006年ドイツW杯出場は叶わなかった。そして、2005-2006シーズン終了後、セレッソ大阪に復帰した。

 それでもその後、ヴィッセル神戸で活躍し、再び海外へ。わずか1シーズン(2008-2009シーズン)限りだったが、ドイツのヴォルフスブルクでプレーした。さらに、2010年南アフリカW杯では、日本代表の主力として奮闘。日本のベスト16入りに貢献した。

 以降、神戸、川崎フロンターレ、FC東京、ジュビロ磐田でプレー。川崎時代には、3年連続得点王に輝いた。現在は、今季完全移籍した東京ヴェルディに在籍。国見高の先輩、永井秀樹監督のもと、チームのJ1昇格に力を注いでいる。

 そんななか、LINEグループを作ったというアテネ五輪世代の交流が、最近活発になっているという。

「最初、松井(大輔)さんから(アテネ五輪世代で)LINEのグループを作ろうよって話があって、オレとか、那須(大亮)とかがつなげていって、かなりの人数が集まった。これまでにもう、2回も食事会をやっている。オレは、2回とも行けなかったけどね(笑)。