大久保嘉人はアテネ五輪で道を拓いた。イタリア戦で見せたチャレンジ (5ページ目)

  • 佐藤俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai keijiro

 まあ、そもそもイタリア相手に2点先制されたら、ダメでしょ。イタリアは点を取ったあとの戦い方がうまいし、守り方とかも知っている。オレらは、2点取られて余裕がなくなった。その差だな、って思ったね」

 後半、日本は1点を返したが、2-3で敗れて2連敗。グループリーグ敗退が決まった。

アテネ五輪ではグループリーグ敗退に終わった日本。photo by(C)IML/AFLO FOTO AGENCYアテネ五輪ではグループリーグ敗退に終わった日本。photo by(C)IML/AFLO FOTO AGENCY グループリーグ最後のガーナ戦は大久保のゴールで1-0と勝利したが、日本は1勝2敗でグループB最下位に終わった。それでも、大久保は世界の同世代との戦いによって、たしかな手応えを感じたという。

「最後のガーナ戦は、1試合は勝って帰りたいと思っていたので、そのなかで勝利につながるゴールを決められたのは大きかった。グループリーグを突破できなかったのは、オレらの実力。でも、個人的には『やれるな』って、手応えを感じた。

 実は、今でも覚えているプレーがある。イタリア戦で左サイドからドリブルで抜いていったんだけど、前からも、後ろからも、横からもディフェンスが来ていたんですよ。普通だと、そこで無理していくことはない。でも、五輪なので、誰が見ているかわからないから、チャレンジしてみようと思って、そのまま仕掛けていったら、抜けた。それが、自信になったし、その自信を五輪で得られたのは、大きかった。

 ただ、世界との差を感じた部分もあった。ジラルディーノは普段からセリエAでやっていて、世界の一流選手と戦っているから、大舞台にも慣れていた。『国際経験の差があるな』って思ったね。だから、五輪が終わってからすぐ、『海外に行かないといけない』と思った」

 アテネ五輪で大久保は3試合出場2得点。2ゴールという結果が、若い選手の視察に来ていた海外クラブのスカウトたちに、インパクトを残したことは確かだった。日本に帰国すると、大久保のところには海外クラブからのオファーが届いていたのである。

(つづく)

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