2020.06.24

三浦泰年はドーハのイラク戦で思った。
マリーシアを知る自分を出せ

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 藤巻剛●撮影 photo by Fujimaki Goh

 左SBの任を解かれた三浦は、自分の中に燻ぶった感情があることに気がついていた。オフトに「外す」と言われた時、黙って部屋に戻るのではなく、言うべきことがあったはずではと思っていたのだ。

「オフトに『外す』と言われた時、僕がチームの力になれるのは、ボランチとしてプレーすることだけだった。初めて代表に呼ばれて行った紅白戦ではボランチでプレーして、レギュラー組を相手に5-0で勝った。それをちょっとでも覚えていてくれたらなぁって思いましたけど、選手であれば自分ができることを言うべきでしたね。ボランチで使ってくれって。でも、僕は言わなかった。それが自分の中でモヤモヤしたものになっていました......」

 それでも、練習後は毎日、ホテル内にあるジムに通った。もしかしたらどこかで使われる可能性があるかもしれないと思い、その準備のため、そして「これからもサッカー人生は続く」と思い、今後のためにトレーニングを続けていたのである。

 北朝鮮戦前夜、チームは活力を取り戻していた。

 イランに敗れた直後は、さすがに選手の表情は暗かったが、いつまでも敗戦のショックに引きずっているわけにはいかない。都並や武田らが余興でチームを盛り上げ、三浦も戦う姿勢を崩さずに保っていた。

「哲さんとか、カリオカとか、僕らよりも上の人が何を考えているのかは分からなかったけど、僕らにはカズがいて、北澤(豪)やゴン(中山雅史)ら最高の仲間がいたので、誰ひとり孤独の中で苦しんでいる感じはなかったです。1分1敗で追い込まれたけど、あと3試合全部勝てばいいんでしょ。そういうシンプルなイメージでいた」

 1993年10月21日、北朝鮮戦は、スタメンの顔ぶれが大きく変わった。