2020.06.06

「自分たちのサッカー」を披露。
彼らは「史上最強」の日本代表になった

  • 浅田真樹●文 text by Asada Masaki
  • photo by Kaz Photography/Getty Images

 当時、マンチェスター・ユナイテッド移籍が決まり、一躍時の人となっていた香川も、「勝ち切る強さをもっと求めていかないといけない」と注文をつけつつ、「今日はホント楽しい90分だったし、もちろんタフな相手だったけど、やりがいがあるサッカーもできていたと思う」と話している。

 日本代表がこれだけの強さを身につける引き金となったのが、札幌ドームでの韓国戦だったと言っていいだろう。「史上最強」――。当時の日本代表には、そんな呼び声すらあったほどだ。

 ところが、ザック率いる日本代表は結局、2014年ワールドカップ・ブラジル大会でグループリーグ敗退。しかも、最後のコロンビア戦では1-4の惨敗に終わったことで、逆に"史上最強と持ち上げられていた"ことを揶揄されてしまう。選手たちがよく口にしていた「自分たちのサッカー」という言葉も勝手にひとり歩きし、批判の的にさえなった。

 とはいえ、2011年夏から2012年夏あたりにかけての日本代表には、確かに「自分たちのサッカー」があり、「史上最強」にふさわしい力があった。中心選手個々の成長のタイミングもうまく重なり、当時の日本代表はワクワクするほど強かった。

 ただ、ワールドカップを最終目標とするにしては、チームとしてひとつの完成形に至るのが少しばかり早すぎた。それゆえ、日本代表は強い自分たちに飽き足らなくなり、さらに上を目指そうとした。だが、その結果、迷走状態に入ってしまった感は否めない。

 強かったはずの日本代表が、強かったからこそ、下降曲線を描いてしまったことは、あまりに皮肉な結末だった。

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