2020.05.27

井原が明かす韓国戦の豪快ミドルと
悪夢のPK、ファルカンのスピード解任

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 高橋 学●撮影 photo by Takahashi Manabu

「僕は今でもあのPKはないと思っているし、負ける気もしなかった。でも、負けたのは自分の責任だし、力が足りなかったからかなと思います」

 日本は「韓国を破ってベスト4以上」というノルマを達成できず、ベスト8で敗退。ファルカンはその責任を取り、在任期間約7カ月、9試合で「契約満了」。事実上の解任になった。

「この決定には驚きましたね。このタイミングでもう監督を代えるのかって。ファルカンはフランスW杯に行くために呼ばれた監督じゃないですか。たしかにアジア大会では戦術がハマらずに負けてしまい、このままファルカンでいくのかなっていうムードはあったけど、責任は僕らにもある。あまりにも見切るのが早いなって思いましたね」

 ファルカンの要求するレベルに選手は至らず、選手も見えない戦術に不安を抱え、しかも双方がコミュニケーション不足に陥った。アジア大会からはアデマール・ペレイラ・マリーニョ氏やセルジオ越後氏がサポートに入ったが、時すでに遅し、だったのである。

 ただ、ファルカンが残したものがゼロかというと、そうでもない。ドラスティックなチームづくりにより、日本サッカーの新しい芽を発掘し、次に紡いだ。

「ファルカンは若い選手をはじめ、いろんな選手を代表に引き上げ、起用した。そういう新鮮な空気を持ち込んでくれました。リーグ戦で活躍した選手を、代表に呼んで使うのは、次の監督の加茂周さんにも影響したと思います。選手もリーグ戦で活躍すれば代表に呼んでもらえるので、競争意識が高まった。とくに若い選手の代表への間口がすごく広がったことは、ファルカンの功績の一つだと思います」