小川航基は再び這い上がる。「自分はエリートなんかじゃない」

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

 前日の宣言どおりの一撃も、なんの慰めにもならなかったようだ。笑みなど一切のぞかせることなく、小川航基(ジュビロ磐田)は自身のゴールを振り返った。

「2試合とも不甲斐ない戦いで、FWが点を獲っていないというところで思うところはありましたし、FWが決めないと始まらないので何かひとつ結果を残したかった。得点を決めたところまではよかったですけど、勝ち切れなかったのであまりうれしくないというか、モヤモヤしています」

カタール戦でゴールを決めてガッツポーズを見せる小川航基カタール戦でゴールを決めてガッツポーズを見せる小川航基 タイで開催されているU-23アジア選手権。東京五輪のアジア最終予選を兼ねたこの大会に、出場権をすでに獲得している日本も強化のために参加した。

 目指すは、優勝――。

 そう意気込んでタイに乗り込んだが、初戦のサウジアラビア戦を1-2で落とすと、続くシリア戦も1-2で敗れ、この時点で敗退決定。必勝を期したカタールとの第3戦は、小川が先制ゴールを叩きこんだが、その直後にPKを与えて追いつかれ、勝ち越すことはできなかった。

 アジアの大会で1分2敗という大失態。その責任をエースは重く受け止めていた。

「俺らは弱いってことを、あらためて感じました。このままじゃいけない。その思いがのしかかっている。幸い、これが本番じゃなくてよかった。ここで気づけたのはよかった。(10月に)ブラジルに勝ったからといって、全然違ったんだなってあらためて思いました」

 オリンピックイヤーに突きつけられた現実――。

 しかし、これまで小川は挫折や屈辱を糧に、サッカー人生を這い上がってきた。

 桐光学園高時代は、「高校ナンバーワンストライカー」と謳われたスター選手。しかし、小川自身は「自分はエリートなんかじゃない」と、きっぱりと言う。

「小学生時代も中学生時代も、自分は無名だったし、高校時代だって結局、勝てなかった。失敗ばかりしているというイメージがあります。決して順調に来てないし、常に危機感と戦いながらやってきた」

 鳴り物入りで2016年にジュビロ磐田に加入したが、負傷による長期離脱もあり、3年半でリーグ戦わずか1得点しか奪えなかった。昨夏には「プライドはもう捨てた」と覚悟を決め、再起を誓ってJ2の水戸ホーリーホックへ期限付き移籍を果たすと、半年で7ゴールを奪い、かつてのフォームを取り戻した。

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