2019.08.06

稲本潤一が衝撃を受けた、
天才・小野伸二と「別格だった」中田英寿

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

 海外移籍――その時、稲本の脳裏に浮かんだのは、スペインだった。言葉も知らず、スペインリーグの試合も見たことがなかったが、世界のすごさを目の当たりにして、海外に行くなら「スペインだ」と思ったという。

「ナイジェリア(の大会)のあと、2000年シドニー五輪や2002年日韓共催W杯に出場する目標もあったけど、それ以上を求めるなら、『日本におったらあかん』ってすごく思った。日本で当たり前のように試合に出て、日本代表に入って……そのサイクルがマンネリになるのが嫌やったし、20歳ぐらいで成長のスピードが落ちるのが嫌だった。だから、スペインをはじめ、より高いレベルの海外に行けるなら、そこでチャレンジしたいと思ったね」

 その後、稲本はナイジェリアの地で芽生えた”志”を抱き続け、日本代表の中心選手になって活躍していく。そして、ワールドユースから2年後、プレミアリーグの強豪アーセナルへの移籍を実現することになる。

(つづく)

稲本潤一
いなもと・じゅんいち/1979年9月18日生まれ。大阪府出身。SC相模原所属のMF。ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪→アーセナル(イングランド)→フラム(イングランド)→ウェスト・ブロミッジ・アルビオン(イングランド)→カーディフ・シティ(イングランド)→ウェスト・ブロミッジ・アルビオン(イングランド)→ガラタサライ(トルコ)→アイントラハト・フランクフルト(ドイツ)→スタッド・レンヌ(フランス)→川崎フロンターレ→北海道コンサドーレ札幌

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