2019.07.17

20年前のワールドユース全試合フル出場。
黄金世代・酒井友之の誇り

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 高橋 学●撮影 photo by Takahashi Manabu

「オーストラリアに入って、試合の2日前ぐらいかな。監督に呼ばれて、いきなり右のアウトサイドに入るように言われたんです。何でかわからないですけどね。たぶん、ワールドユースでのプレーのイメージや、最後まであきらめずにメンバー入りした姿勢とかを評価してくれて、最後に出られたのかなあ。まあ、運よくメンバーに入って、運よく試合に出られたという感じですね」

黄金世代について語る、酒井友之 シドニー五輪代表チームは、中田英寿らを中心に戦い、グループリーグを突破、ベスト8に進出した。準々決勝の相手はアメリカだったが、酒井はチームにナイジェリアワールドユースの時と同じ雰囲気を感じていた。

「決勝トーナメントに入って、ここで勝てば行けるんじゃないかっていうムードが、ポルトガル戦の時と同じだなって思っていました。チームの雰囲気が良かったし、良い流れを感じてはいたんですが、最後、PK戦で今度は負けてしまって……。結果は出なかったですけど、個人的にはいい戦いができたなって思っていました」

 酒井は、ユース、五輪と順調に代表を経験し、ステップアップしていった。次に目指すのはA代表入り、そして2002年日韓W杯だった。

(つづく)

酒井友之
さかい・ともゆき/1979年6月29日生まれ、埼玉県出身。2013年に現役を引退し、浦和レッズのハートフルクラブのコーチに就任。その後ジュニアチームのコーチを務め、現在はジュニアユースチームコーチ。ジェフユナイテッド市原ユース→ジェフユナイテッド市原→名古屋グランパスエイト→浦和レッドダイヤモンズ→ヴィッセル神戸→藤枝MYFC→ペリタ・ジャヤ(インドネシア。以下同)→ペルセワ・ワメナ→ペリシラム・ラージャ・アンパット→デルトラス・シドアルジョ

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