2019.07.17

20年前のワールドユース全試合フル出場。
黄金世代・酒井友之の誇り

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 高橋 学●撮影 photo by Takahashi Manabu

 酒井は、帰国後、空港からそのまま市原臨海スタジアムに直行し、ベルマーレ平塚戦に出場した。準優勝の余韻に浸ることなく、現実の世界に戻ったのだ。だが、ナイジェリアに行く前と比べて、自信が大きく膨らんでいるのを感じたという。

「帰って試合に出たら余裕を持ってプレーすることができたんです。その後、シドニー五輪のチームができて、自分もやれると思っていたし、出たいと思っていました。まあ自分らの代が半分近くメンバーに入ったんですが、準優勝という結果を出し、戦術の理解度もあり、監督としては選びやすかったんだと思います。準優勝は、自分にとってシドニー五輪にもつながり、ラッキーだなと思いましたね」

 シドニー五輪の1次予選では酒井は主力としてプレーしていたが、最終予選での出番は少なかった。それでもシドニー五輪本大会の最終選考合宿に呼ばれた。その時は、ヒザを痛めてテーピングをしてプレーしていた。するとフィリップ・トルシエ監督が「酒井、大丈夫か」と声をかけてきたという。

「当時、伸二もケガで出場が難しくて、監督はいろいろ悩んでいたと思います。僕に『大丈夫か』って聞いてくることなんて、それまで一度もなかったですからね。その時、じつはヒザがかなり痛かったんですけど『ケガの予防のためにやっているので痛くないです』って答えたんです。そうしたら最終合宿の後のメンバー発表で、ギリギリでメンバーに入れたんですよ。でも、試合に出られる感じはまったくなかったですね」

 シドニー五輪のチームには、楢崎正剛、三浦淳宏、森岡隆三の3名がOA(オーバーエイジ)枠として入った。OA枠の選手を呼んだ以上、その選手をレギュラーとして使うということであり、実際に右のアウトサイドには三浦が入ってプレーした。酒井はヒザの故障があったので、今回はベンチでチームを盛り上げていこうと考えていた。