2019.07.02

自分のことしか考えていなかった
「黄金世代」のGK、20年後の本音

  • 佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

 2007年にヴィッセル神戸に移籍すると、F・マリノスでのラストシーズンに芽生えた意識を後押しするように、神戸のGKコーチの言葉が胸に響いた。

「選手はいつかやめる。その先の人生のほうが長いから、人として成長することが大事だ」

 その言葉も、おそらく20歳の頃の榎本には響かなかったかもしれない。わかっていても、試合に出たい気持ちが勝って、荒ぶる自分の気持ちを冷静に押し留めることができなかっただろう。

 だが、ワールドユースを経験し、F・マリノスでいろんな経験を積んだことで、そんなGKコーチの言葉も、素直に受け入れられるようになっていた。

「その頃ですね、自分が労力をかけても、何も解決しないこともあるな、と(わかったのは)。そうして、プロとして100%(の力)を、どこにどう注ぎ込むかを考えられるようになってから、2番手(GK)だろうが、試合に出ていなかろうが、がんばれるようになった。同時に、周囲を冷静かつ客観的に見るように意識し始めたんです」

 神戸では、2008年に副主将を務め、正GKとしてプレーした。

 その後、2011年に徳島ヴォルティスに移籍。加入してすぐにアキレス腱を断裂してしまったが、同シーズンの10月には復帰した。そして、2013年に栃木SCに移籍し、2015年にFC東京に移籍すると、榎本の「自分が」というエゴは氷解していった。

「もう若手ではないし、チームのためにどう振る舞ったらいいのか。また、自分が(試合に)出た時、いかにいいパフォーマンスを出せるか、を考えるようになりました。それは、ゴンちゃん(権田修一)の影響もあったと思います。

(権田は)練習では手を抜かず、チームのために、自分のために一生懸命にプレーする。そういう姿勢を共有できた。でも、ギラつきはなくさないようにしていました。選手として『ギラギラしたものがなくなったら終わりだ』と思っていたので(笑)」

 2016年は、ベンチ入りしてもしなくても、「常にチームのために」という意識で、普段の練習から行動した。ナイジェリアで自分のことしか考えられなかった榎本は、FC東京ではいつの間にか、選手のお手本となるべき存在になっていた。

 そして、そのシーズンの終わりをもって、榎本は現役を引退した。