2019.06.18

中田浩二が伝えたい黄金世代の一体感。
「伸二を信じてついていった」

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 高橋 学●撮影 photo by Takahashi Manabu

 その後、中田は2002年日韓W杯の決勝トーナメント1回戦、トルコ戦前も同じような空気を感じたという。

「99年のスペイン戦と02年のトルコ戦の入る前の雰囲気はまったく同じでした。スペイン戦は当日の朝から2時間もハードにトレーニングして、決勝を戦うような雰囲気じゃなかったし、トルコ戦は(フィリップ・)トルシエ監督が『ボーナス』って言っていましたからね。また、スペイン戦は伸二の代わりにウジくん(氏家英行)が出て、トルコ戦はヤナギ(柳沢敦)の代わりにアレックス(三都主アレサンドロ)を出した。新しい選手が入ってくるのを僕らがしっかりと準備できていたらよかったけど、当日まで誰を使うのかがまったくわからなかったし、決まってからもそのままなんとなくぼんやりと試合に入ってしまった。そこは経験のなさが出て、すごくもったいなかったです」

決勝ではスペインに完敗し、準優勝に終わった photo by Yanagawa Go ワールドユースでは、トルシエ監督自身も世界大会初の決勝で、慣れていない部分があったのかもしれない。不可解な選手起用は、試合を難しくすることで選手の伸びた鼻をへし折り、世界には上があることをわからせたかったのかもしれない。

 だが、FIFA主催の国際大会の舞台で決勝に進出することは、当時の日本にとっては奇跡的なことだった。それまでワールドユースはベスト16が最高位で、前年に初めて出場したフランスW杯は3戦全敗だった。そして、この99年以降、日本男子はコンフェデ杯以外、カテゴリー別の世界大会を含めて決勝進出を果たしたことがない。

「今は世界で勝つことがどんどん難しくなっています。だからってわけじゃないですけど、あの時に優勝したかったなという思いはあります。スペインに負けたけど準優勝して、ここまで戦うことができたうれしさはあったけど、やっぱり悔しかった。じつは、高校選手権も準優勝だったんですよ。鹿島ではたくさんタイトルを取っているけど、逃したタイトルもたくさんある。その悔しさがあるからこそ、優勝したときの喜びってすごく大きいんです。それが99年の時にわかっていればと思いましたね」