2019.04.09

なぜ黄金世代のサッカーは
「一度味わうと、ほんまにヤバイ」のか?

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 説田浩之●撮影 photo by Setsuda Hiroyuki


「黄金世代」について語る辻本茂輝 そして辻本は、世界2位になった「黄金世代」のメンバーの中で一番早くユニフォームを脱ぐことになる。

「ほんまは『ボロボロになるまでサッカーをやろう』『30歳まで(現役で)がんばろう』って、ささやかな目標を立ててやってきたけど、京都時代からケガが多くて、自分の努力も足りず、立ち止まってしまった。そうなると、必要としてくれるところもなくなった。(早々に)引退したことに、後悔はないです。自分がそこまでやってきた結果なので」

 辻本も京都でもうひと皮むけていれば、他のワールドユースメンバーと同様、シドニー五輪や日韓共催W杯の代表メンバー争いにも加わるなどして、自らのピークを塗り替えることができたかもしれない。だが、結果として、辻本のサッカー人生はワールドユースがピークになってしまった。

「ワールドユース準優勝をきっかけにして、ほんまはステップアップしていかなあかんかったけど、結果的に(自分は)そこで終わってしまった。チームに戻ってからは、『なんか、うまくいかへんなぁ……』って思うばかりで、ワールドユースのときのようなサッカーができないことに(勝手に)苛立ち、それがストレスになっていた。

 振り返れば、自分は偉そうなことを言える選手ではないのに、いろいろと(偉そうなことを)言うてた。周囲の選手からしたら、『あいつ、(偉そうに)何を言ってんのや』って思っていたと思う。

 そうやって、それだけのパフォーマンスが発揮できていないにもかかわらず、自分の殻を打ち破ろうともしなかった。ずっと、あの感覚を求め続けて終わってしまった」

 辻本が言う「あの感覚」とは、ワールドユースで戦っていた時に得たものだった。