2019.03.17

南雄太が語る20年前の準優勝
「小野伸二よりうまい選手はいなかった」

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai keijiro

 前回大会のときは決勝トーナメントに入ると、格上の相手をなんとかして倒す、といった感覚でした。でも、このときはそういう感じはなかった。(試合を)やればやるほど、『強いな、オレらは』って思っていました」

 南は1997年マレーシア大会にも出場している。チームは山本昌邦監督が指揮し、宮本恒靖がキャプテンを務め、柳沢敦、明神智和、中村俊輔らが中心メンバーだった。宮本を軸によくまとまったチームで、決勝トーナメント1回戦は突破したものの、準々決勝でガーナに敗れてベスト8に終わった。

 1997年大会、1999年大会とふたつの代表チームを知り、両方の大会を経験している南だが、勝ち上がる際のチームのムードに違いはあったのだろうか。

「1997年のチームには、ツネさん(宮本)とか、(のちに2000年の)シドニー五輪のメンバーとなる選手もたくさんいて面白かったけど、”ファミリー感”は1999年のチームのほうが強かった。(1999年大会の開催地)ナイジェリアではあまり外に出られないし、何もやることがなかったので、みんないつも一緒にいた。そういう環境が大きく影響したと思います。

 それに、ブルキナファソの合宿から本大会に入っても、苦しいときを一緒に乗り越えていった。それが、ファミリー感を強くして、絆の深さにつながった。だから、20年経った今も(当時のメンバー)みんなと、LINEでつながっているんです」

 LINEには、ナイジェリアのワールドユースに出場した選手たちがグループで登録されている。誰かの誕生日や移籍、引退などの情報があると、通知音が鳴るという。

 20年前、そんな仲間たちがひとつになって、世界の頂点を目指していたのだ。

(つづく)

南雄太
みなみ・ゆうた/1979年9月30日生まれ。神奈川県出身。横浜FC所属のGK。若くして頭角を現し、1997年、1999年と2度のワールドユースに出場。静岡学園高→柏レイソル→ロアッソ熊本

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