五輪世代・立田悠悟は、森保監督が落とした雷で「スイッチが入った」 (4ページ目)

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki, AFLO

―― 生かさない手はないと。

立田 はい。だから、ロングボールを見せつつ、でもパスをつなげるチームでもあるので、その両方を臨機応変に。相手にがっちり引かれてしまうと難しい。ある程度、食いつかせたほうが戦いやすい、というのはありました。

―― すごく印象に残っているのが、決勝を終えたあとのミックスゾーンで、立田選手が「海外に行きたくなった」と言っていたことです。アジア大会でその想いが芽生えたんですか?

立田 実は僕、今までは海外に行きたくなかったんです。

―― 行きたくなかったというのは、なぜ?

立田 飛行機が苦手だし、海外のご飯も食べられないし。だから、Jリーグでしっかりやっていければいい、という感じだったんですけど、3月のパラグアイ遠征を終えたとき、また海外に行きたいなと思って。

―― それはアウェーで南米のチームと戦って、いろいろなものを突きつけられて?

立田 そうですね。南米の相手に対して何もできない自分が悔しかったというか。それで、アジア大会を終えたとき、「もう行かなきゃダメだ」っていうふうにさらに変わって。韓国に差を見せつけられて、もっと成長したいと思うのは、当然のことだと思うし。

―― ソン・フンミンと五分にわたり合うには、海外で日常的にそのレベルを体験しなければいけない?

立田 「自分のベースを変えなきゃいけない」というのは強く思います。すでに海外でプレーしている選手との差を早く埋めて追いつかないといけないし、それにはまず、「エスパルスで結果を出さないといけない」と思いながら今は過ごしています。だから今は、サッカーをやっていてすごく楽しいですし、すごく充実していると感じます。

―― 1年前の自分とは、ずいぶん変わったんじゃないですか?

立田 意識はすごく変わったかな。でも、変わらない部分もあって。昨年からずっと自主練をやっていて、試合に出られるようになった今年も、変わらず続けています。自分は昔から抜きん出た選手ではなかったし、雑草魂というか、努力でここまできたと思っていて。コツコツ続けてやれるのが自分の強みなので、それが今の成長につながっているのかなって思います。

(後編に続く)

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