森保一監督がサンフレッチェ退任後に、世界中をまわって見てきたこと (2ページ目)

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

 それに、外国人監督と日本人監督の大きな違いは、直接コミュニケーションを取れること。細かいニュアンスもそうですが、清水さんは『ここ』というタイミングで選手に声をかけるのがうまかった。そういうところはかなり影響を受けていると思います。ほかにも、ヴァレリー(・ニポムニシ)さんとか。

―― ロシアの人で、戦術に長(た)けた監督でしたね。

森保 広島に1年しかいなかったんですけど、トライアングルの作り方とか、動き出しを早くして、連係、連動して相手を崩していく部分は、伝え方こそ違うけど、ミシャさんと共通するものがありました。それから、守備でマンツーマンをやる場合があるんですけど、それは(ビム・)ヤンセンさんのもとで経験していますし、歴代の監督からは本当にたくさんのことを学ばせてもらいました。

 あとは自分の使い方次第。人のコピーだけではうまくいかないので、教わったこと、学んだことを自分のなかで消化し、自分の考え、言葉として、いかに伝えられるか。それが大切だと思います。

―― 学ぶという点では、広島の監督を退任されてからオーストラリア、ニュージーランド、ヨーロッパをまわられたそうですね。非常に有意義な時間になったようですが、森保監督にとってどんな旅だったんですか?

森保 本当にスーパーな刺激をもらいました。シーズン途中で退任することになったのは自分の力不足ですが、終わってしまったことは過去なので、過去から何を学び、未来にどう生かすかと考えるうちに、気持ちを切り替えることができたんです。

 振り返ってみれば、引退してすぐに仕事に就かせていただき、それはありがたかったんですけど、いろんなものを見て勉強する時間があまりなかった。途中で辞めた人間が国内をウロチョロするのもあれですから(笑)、いい機会なので海外でチーム作りを見せてもらえないものかと。それで最初に行ったのが、ウェスタン・シドニー・ワンダラーズの(トニー・)ポポヴィッチのところでした。

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