2014.08.21

「自分たちのサッカー」に執着した日本が失ったモノ

  • photo by Masuda Yuichi,Sueishi Naoyoshi

日本代表にはなかったサッカーの「本質」

淡白なプレイが目立った香川真司。――さて、ここまではコンディショニングやチーム作りなど、ピッチ外のことを話してきましたが、次はピッチ内に話題を移したいと思います。ブラジルW杯における日本代表の戦いぶりを見て、率直にどんなことを感じましたか。

中山 細かいことを挙げたらいろいろとあるけれども、何より戦闘能力っていうか、サッカーをするうえでの本能的な部分に物足りなさを感じた。

浅田 戦闘能力というのは、いわゆるファイティングスピリッツみたいなこと?

中山 そうした気持ちの面もあるけど、例えば4バックでラインを作って守るといっても、状況によってはラインを崩してでも、誰かがボールを持った敵を潰しに行かないとやられてしまう場面がある。その場合、本能的に"そこ"に行けないといけない。でも、日本の選手は「危ない」と思っても動けなかった。サッカーって原理原則があるから、それは頭でわかっていないといけないんだけど、その前にやるべきことがあるでしょ、ってこと。ボールを奪われたら奪い返すって、頭で考えてやることではないんですよ。

浅田 それは、小さいころからサッカーが「遊び」じゃなくて「習い事」になってしまっていることの影響かもしれないね。遊びの中で本能的にボールを追いかけるんじゃなくて、「はい、ここでパスを出したら、ここでサポートしましょう」って、教えられて動いている感じだから。

中山 サッカーというのは、やっぱり格闘技的な要素がいっぱいあるし、1対1での勝負強さとか、ここ一番で体を投げ出せるとか、今大会ではそういうことの重要性がひと際高まっていた。それでも、接触プレイを避けて、スマートに戦うのが「日本人らしさ」なんて言うんだったら、もはや日本だけが違うスポーツをやっている感じで、世界では勝てない。

杉山"戦う"ということに関して、今回の日本代表は明らかに足りなかった。ちょっと酷かったよね。独自のサッカーに走り過ぎ。サッカーの解釈を誤っていたと思う。

浅田 大会後、「自分たちのサッカー」っていう言葉が茶化されるようなところがあったけど、要は軸となる拠(よ)りどころがないから、みんなのプレイがバラバラでチームがひとつになっていなかった。そういうところも、いわゆる本能的な部分が見えにくくなった原因だろうね。

中山「自分たちのサッカー」って、ザッケローニ監督の言葉を借りれば、「主導権を握る」とか「攻撃的に」といったことになるんでしょうけど、そんなのスタイルでも何でもない。主導権を握れるかどうかは相手との力関係次第だし、それが「自分たちのサッカー」って言われてもよく理解できない。だからこそ、いかにピッチで起こっていることに、どう対応していくかが重要だったと思うんですけどね。

浅田 とりわけ今大会は、チリとかメキシコとかコスタリカとか、気迫のようなものが前面にグイグイ出ているチームががんばったから、余計に日本の戦いぶりには物足りなさを感じたよね。

杉山 情けないプレイが多くて、本当に腹が立ったよ。一応、僕だって日本を応援しながら見ているからさ、ボールを奪われた瞬間に「ああ」なんて、天を仰いでいる姿を見ると、「バカ野郎、そんな暇があるなら(ボールを)追え!」って思うわけ。