2013.10.27

福田正博「20年前のドーハは
『悲劇』じゃない」

  • 飯尾篤史●構成 text by Iio Atsushi photo by AFLO

 あれから20年----。福田にとって、ドーハの悲劇とは何だったのか。

「よく、『あれがあったから日本のサッカーは......』と言うけれど、どうなんだろうね。(W杯に)行けたら、また違うものがあっただろうし。でも、自分にとって大きな財産であることは間違いない。サッカーの恐ろしさ、アウェーの難しさ、経験の重要性、国を背負うことの重み、そして、自分の未熟さを教えてもらったんだから。クラブで今、辛い時期を過ごしている香川真司や吉田麻也が代表で、どんな気持ちでプレイしているのか察することができるのも、ドーハで同じ経験をしているからなんだ。清雲(栄純/当時の日本代表コーチ)さんが、あれは、『ドーハの悲劇』じゃない。『ドーハのメッセージ』なんだと言っていたけれど、本当にそのとおりだと思う」

 日本サッカー界はその後、1996年に28年ぶりにオリンピック出場を果たすと、翌97年にはマレーシアのジョホールバルで、初めてワールドカップの出場権を手に入れた。以降、日本のオリンピックとワールドカップへの出場は途絶えていない。

 それは日本サッカー界が「ドーハの悲劇」を教訓にしてきたからだ、と結論づけてしまうのは、短絡的だろう。なにせ20年も経っているのだから。

 だが、日本サッカー躍進の原点が、あの灼熱のドーハにあり、あの激闘にはサッカーの本質が詰まっているのは間違いない。W杯優勝を本気で目指そうとしている今、「ドーハのメッセージ」には改めて耳を傾けてみる価値がある。

福田正博(ふくだ・まさひろ)
1966年12月27日生まれ、神奈川県出身。日本リーグ時代、三菱(現・浦和)に入団し93年からJリーグへ。95年50試合32得点で、日本人初のJリーグ得点王に。日本代表45試合9得点。02年現役引退。S級ライセンス取得後、2008年から浦和レッズコーチに就任。現在はサッカー解説者として『S☆1』(TBS)など各媒体で活躍。

■都並敏史編>都並敏史が語るドーハの悲劇。「オフトは僕とだけ握手をしなかった」

■山本昌邦編>ドーハの夜。オフトが綴った「二文字」が 日本の未来を開いた

■勝矢寿延編>93年のドーハ。DF勝矢寿延を奮い立たせた「ふたり」とは?

■うじきつよし編>ドーハを去る夜、うじきつよしがラモスに熱唱した「替え歌」

■ラモス瑠偉編>ラモス瑠偉「あのドーハのメンバーを 忘れてほしくない」

■北澤豪編>「ドーハの悲劇」イラク戦で 出場できなかった北澤豪の本音

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