2013.10.20

ドーハの悲劇、20年後に出てきたエピソード

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva photo by AFLO

GK前川和也が気温40度以上の炎天下で走り続けた理由

 最終予選の行なわれたドーハは、10月といえども異常な暑さとなる。日中は気温40度を越え、街にはほとんど人も歩いていない。お昼時になるとドーハの人々は仕事を止めて長い休憩タイムに入るので、街は閑散としている。

 昼間は5分歩くだけでも音を上げる暑さ。現地を訪れた日本人メディアは、タクシーでの移動が常識だった。そんな折、タクシーで灼熱のドーハの街を移動していると、海岸線を走る人影が......。こんな炎天下にいったい誰なんだろう。よく見てみると、日本代表GKコーチのディド・ハーフナーと、第2GKの前川和也だった。

 夕方になり、日本代表の全体練習が始まったので、前川をつかまえて、「なぜ、日中に走っていたのか?」と聞いてみた。すると前川は、ある思い出を語り始めた。

 前川が振り返ったのは、1年前の1992年。広島で行なわれたアジアカップでの話だった。準決勝の中国戦、自軍のゴール前に転がったボールに対し、飛び込んだGK松永成立と、スライディングしてきた相手選手が交錯。本来なら相手のレッドカードとなるはずが、怒り心頭の松永が倒れている中国人選手の頭を蹴ってしまい、一発退場。まさかの展開で、松永はピッチから去ることになった。

 その結果、第2GKの前川が急きょ、ゴールを守ることに。しかし出場した直後、前川はトンネルというイージーミスで失点。まさかの大失態を犯してしまったのだ。そのときのプレイがずっと心に引っかかっており、「いつ自分が出場するか分からないから」と、前川は準備を怠らないよう炎天下でも走っていたのだという。

 最終予選で出場する機会はなかったものの、前川の献身的なサポートがチームの結束を強めたのは、間違いない。

■サッカー代表記事一覧>>

関連記事