2013.10.16

北澤豪が初告白「20年前のドーハで
受け取った御守りの行方」

  • 渡辺達也●文 text&photo by Watanabe Tatsuya

 何にしても、『ドーハの悲劇』があったから、選手としてもっとレベルアップしなければいけないと思って、その後も必死になってJリーグでプレイした。それが、間違いなく自分の成長につながったと思う。そして代表も、その後の4年間の飛躍につながった。今は、あそこでW杯に行けなかったことが、日本のサッカー界にとっては良かったと、考えないといけないのかな、と思っている......。悔しいけどね(笑)」

 大会後、御守りを日本に持ち帰ってきた北澤は、「(御守りは)地元の帝釈天に持っていって奉納しました」という。

 そのとき、北澤が何を祈ったのかはわからない。しかしその祈りが、現在の日本サッカー界の発展に、少なからず力を与えているのではないだろうか。(文中敬称略)

(1)から読む>

北澤 豪(きたざわ・つよし)
1968年8月10日生まれ。東京都出身。修徳高校卒業後、本田技研(JSL)入り。その後、1991年に読売クラブ(のちのヴェルディ川崎)に移籍。以来、2002年に引退するまでヴェルディひと筋で活躍。日本代表でも"ダイナモ"と称されて豊富な運動量を武器に奮闘した。国際Aマッチ出場58試合(3得点)。日本サッカー協会理事。

■山本昌邦編>ドーハの夜。オフトが綴った「二文字」が 日本の未来を開いた

■勝矢寿延編>93年のドーハ。DF勝矢寿延を奮い立たせた「ふたり」とは?

■うじきつよし編>ドーハを去る夜、うじきつよしがラモスに熱唱した「替え歌」

■ラモス瑠偉編>ラモス瑠偉「あのドーハのメンバーを 忘れてほしくない」

■福田正博編>福田正博「20年前のドーハは 『悲劇』じゃない」

■都並敏史編>都並敏史が語るドーハの悲劇。「オフトは僕とだけ握手をしなかった」

■サッカー代表記事一覧>>

関連記事