【なでしこ】ベストでなくても勝つ。
皇后杯でINAC神戸が示した「勝者のメンタリティ」

  • 早草紀子●取材・文 text by Hayakusa Noriko
  • photo by Hayakusa Noriko

 この日、INACらしいサッカーはすっかり影をひそめていた。ジェフの守備が功を奏していたことに加え、ベストメンバーを組めないINACの苦しい状況が大きく響いていた。

 まず、不動の右SB近賀ゆかりが、準決勝で右膝前十字靭帯、および半月板損傷で全治6カ月という重傷を負って欠場。さらに、前線でくさび役や、流れの緩急、そしてフィニッシュまで攻撃のすべてに携わっていた大野忍も右膝の負傷により、準決勝以降の出場の可否自体が危ぶまれていた。「左足でしか(相手を)抜けない状態でしたけど、キャプテンがいるのといないのとでは大きな違いがある」と星川敬監督は大野のスタメン起用を決めたが、本来の調子には戻っておらず途中交代。そして何より、ここまでINACを指揮し、女王の座に引き上げた星川監督の勇退が決定しており、この皇后杯が指揮を執る最後の舞台だった。

 星川監督にサッカーの世界を広げられた多くの選手たちの想いはひと言では表わせない。決勝弾を決めた田中は、星川監督の就任時の様子をこう振り返っていた。

「ずっとあんなサッカーができたらいいなと思っていたのがベレーザ。そこの監督だった星川さんが、まさか自分のチームに来るとは思ってなかったから、大きなチャンスだと思った」

 そして、今や、なでしこジャパンでも欠かせない存在へと成長した川澄奈穂美も、「初めて全日本選手権で優勝したとき(2010年度)は星川監督が来て間もなかった。ここで優勝できたから、澤さんたち(移籍組)を、自信を持って迎え入れることができた。自分たちの良さを引き出してくれたと思っています」と感謝の言葉を連ねた。

 ここ2年、多くのなでしこジャパンを抱えるINACは、日本女子サッカーを牽引する存在として先頭を走り続けている。戦力的にも、今年は田中陽子、京川舞、仲田歩夢といったU-20代表選手など、若手のスター選手を獲得した。

 昼間は仕事をして、夜にトレーニングをするほとんどのなでしこリーグのチームとは異なり、INACには選手全員がサッカーに専念できる絶好の環境がある。それゆえ「勝って当然」と見られることが多いが、どこにもマネのできないパスサッカーで勝利を積み重ねることで、そのプレッシャーをはね返してきた。

 2011年、なでしこジャパンの女子W杯ドイツ大会優勝後のフィーバーもあり、多くの代表選手が所属するINACもまた、一気に注目を集めた。同時に、ベレーザから移籍してきた澤、大野、近賀ら代表組の力だけに頼るのではなく、生え抜きの選手たちの力を引き上げながら、新しいINACを作ってきた。

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