元日本代表MF、バルセロナへ。
第2の人生をスタートさせる廣山望の思い

  • 田崎健太●取材・文 text by Tazaki Kenta
  • photo by Tazaki Kenta

アメリカでは、サッカースクールなどで子どもたちの指導もしていたアメリカでは、サッカースクールなどで子どもたちの指導もしていた 
 廣山は2004年に日本に帰国。東京ヴェルディ、セレッソ大阪、ザスパ草津でプレイした。そして2010年シーズン終了前、ザスパ草津から来季以降の契約を結ばないと通告された。

「ここでサッカー人生を終わらせる......ということは考えませんでした。次に行くしかない。海外でもう一回、知らないところでスタートできたらと思いました」

 頭に浮かんだのはアメリカだった。

 アメリカは南米、欧州のどちらとも違う、独特のサッカー文化が育っていることを耳にしていた。メジャーリーグサッカー(MLS)は、デビッド・ベッカム、ティエリ・アンリなどがプレイしており、世界的にも注目されていた。MLSのいくつかのクラブにコンタクトを取ってもらったが、いい返事は戻ってこなかった。どこも日本人選手を獲るならば、将来性のある若い選手を望んでいた。廣山はこの時、33歳。いやおうなしに自分のキャリアが終わりに向かっている現実を突きつけられることになった。

 結局、廣山が選んだのは、MLSの2部的な存在であるユナイテッド・サッカー・リーグ(USL)所属のリッチモンド・キッカーズだった。

 チームに合流してまず感じたのが、選手たちが"大人"であることだった。

「ほとんどの選手が大学を経由しているせいかもしれませんけれど、しっかりしていますね。給料を考えれば、サッカーだけしていればいいという立場でないこともあるでしょう。子どものサッカースクールを運営したり、ホテルで働いたり。もちろんメインはサッカーですけれど、色んなところとつながりのある人が多い」

 かつてJリーグは欧州のクラブの背中を必死で追いかけた。一方、アメリカは良くも悪くも、自由な発想で運営している。

 USLは、1試合で5人まで選手交代が可能、時に2日連続で試合が行なわれることもある。移動はベッドを完備した大型バスを使用する。

「サッカーを長くやっていると、これまでの経験で答えが出せることが多くなってくる。アメリカでは、これまで僕がプロでやってきた常識を覆(くつがえ)してくれた。こういう経験が自分にとって必要だったんだなと」

 日本にいると、"元代表選手""パラグアイやフランスでプレイしたベテラン"という先入観を持たれることが多かった。それがリッチモンドでは、経歴に対するリスペクトはあるものの、"今、チームにどれだけ貢献できるのか"という目で見られた。その緊張感が心地良かった。パラグアイに渡った時と同じような感覚だったという。

 2011年シーズン、リッチモンドはシーズン3位、プレイオフでは準決勝にまで進んだ。引退を決意したのは、この時だ。※USLのシーズンは4月から9月まで

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