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【プロ野球】ヤクルト・池山隆寛新監督インタビュー 村上宗隆の抜けた2026年の青写真「自主性と対話でチームは変わる」 (3ページ目)

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya

── ポジション争いということでは、ピッチャー陣も?

池山 もちろん、先発の柱を求めていますし、枚数も順番も競争を求めて、誰が開幕にいくのか、二番手にくるのか。そこも競争と思っています。

── 先発の柱として期待される奥川恭伸選手については、2025年10月のフェニックスリーグ(宮崎)で登板させ、松山キャンプにも参加させました。

池山 投げながら体に覚えさせていくことを重視して、丈夫な状態で来シーズンを迎えてほしいという思いです。彼は2021年、チームが優勝した年に挙げた9勝が自己最多で、2025年は4勝8敗でしたから、数字的にもしっかりしてくださいよと。勝敗を逆転させるぐらいの働きをして、チームを支えてほしいと思っています。貯金が生まれなければ、チームの上昇はありませんので。

つづく>>


池山隆寛(いけやま・たかひろ)/1965年12月17日生まれ。兵庫県出身。市尼崎高に進学し、3年生の83年夏の甲子園に出場。同年秋のドラフトでヤクルトから2位で指名され入団。入団4年目から頭角を現し、チームの主軸として活躍。強肩・強打の遊撃手としてヤクルト黄金時代を支え、5度のリーグ優勝、4度の日本一を経験。豪快なフルスイングから"ブンブン丸"の愛称で親しまれた。2002年限りで現役を引退。その後、ヤクルト、楽天のコーチを歴任。20年からヤクルトの二軍監督に就任し、26年から一軍監督となる

著者プロフィール

  • 島村誠也

    島村誠也 (しまむら・せいや)

    1967年生まれ。21歳の時に『週刊プレイボーイ』編集部のフリーライター見習いに。1991年に映画『フィールド・オブ・ドリームス』の舞台となった野球場を取材。原作者W・P・キンセラ氏(故人)の言葉「野球場のホームプレートに立ってファウルラインを永遠に延長していくと、世界のほとんどが入ってしまう。そんな神話的レベルの虚構の世界を見せてくれるのが野球なんだ」は宝物となった。以降、2000年代前半まで、メジャーのスプリングトレーニング、公式戦、オールスター、ワールドシリーズを現地取材。現在は『web Sportiva』でヤクルトを中心に取材を続けている。

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