天国と地獄を味わった湯舟敏郎の92年「優勝も全部、僕がぶち壊してしまった」

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki
  • photo by Sankei Visual

 29人目の打者が打ったゴロは高く跳ねて中堅方向に飛んだが、二塁の和田豊が好捕して一塁に送球し、間一髪アウト。湯舟は史上58人目のノーヒット・ノーランを達成した。木戸と抱き合うマウンドにナインが笑顔で駆け寄り、中村勝広監督も満面の笑みで握手。だが湯舟自身、お立ち台で「ホッとしたって感じですね」と発言したとおり、うれしさとは違う気持ちのほうが強かった。

「やっぱり、3連続KOで抹消を覚悟してましたから、ホッとしたんです。それに最後は『セーフやな』と思ってましたし(笑)。完投できた、いや、その前に勝てたということですね」

シーズン2度の月間MVP

 自信を取り戻した湯舟は6月に無傷の3勝を挙げ、自身初めての月間MVPに選出された。その間、チームは上位を走り、前年とはまったく違う雰囲気になっていた。

「チームの雰囲気がいいなかで、僕は同年代のピッチャーを意識していました。マイクさんが勝ちました、中込が勝ちましたってなると、自分も勝たないといけない、勝ちたいという気持ちになる。彼らに置いていかれんようについていこう、という思いが強かったですね」

 前半戦を終えた時点で"マイク"こと仲田幸司が9勝、中込が6勝、そして湯舟が8勝。先発投手陣がいい意味で張り合いながら迎えた後半戦。好不調の波がある湯舟の調子は下降し、7月29日の巨人戦から3連敗を喫したが、それでも9月に入って復活する。

 10日の広島戦、自身初の無四球完封で9勝目を挙げると、16日の広島戦も9回までゼロに抑え、0対0で迎えたその裏、新庄のサヨナラ2ランが飛び出す。2試合連続完封で10勝に到達した。続く23日の巨人戦は味方打線が零封され、完投しながら1失点で敗戦投手も、好調は維持。同年2度目の月間MVPを獲得する。チームも首位に立ち、優勝が見えていた。

「9月は調子が上がってました。優勝に向けてチームのムードも高まりましたが、何かその賑わい方がお祭り気分みたいになっている感じがして、自分はそれに乗ったらダメだと思ったんです」

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