「正しい投球フォーム」は本当に存在するのか? 吉見一起が「自分の感覚」の重要性に気づかされた中日時代の苦い教訓

  • 中島大輔●文 text by Nakajima Daisuke
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

【短期連載】令和の投手育成論 第4回

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コーチから「一軍に上げへんぞ」の脅し

 今春のセンバツに13年ぶりの出場を果たし、ベスト8に進出した金光大阪高校で月に1〜2回特別コーチを務める元中日の右腕・吉見一起は、母校の後輩に対して自身の信条とは異なるスタンスで指導している。

「思ったことを言ってくれ」

 横井一裕監督からチーム方針としてそう頼まれているからで、吉見は感じたことをそのまま伝えている。

吉見一起氏が指導する母校・金光大阪のエース古川温生吉見一起氏が指導する母校・金光大阪のエース古川温生この記事に関連する写真を見る 対して、テクニカルアドバイザーを務めるトヨタ自動車での立ち位置は真逆だ。練習中、何も言わずにただ見守っている。

 ただし、投手たちの細かい変化まで感じられるようにじっくりと観察し、助言を求められた時には答えられるように備えておく。

「何かいつもと違うことがあるかなと見ていると、ときどきパンと見えてくるものがあります。でも、それを言わないまま終わる時もありますね。選手は自分の感覚を大事にするべきだと思うので、それでいいんです。本人が『めちゃくちゃ調子がいい』と思っても、こっちが『おまえ、ちょっと調子悪いよな』って言ったら、そこで意見が変わってくるわけじゃないですか。それでおかしくなっても嫌なので」

 そう考えるようになった裏には、中日時代の経験が根底にある。

 2005年希望入団枠でトヨタ自動車からプロ入りした"金の卵"は、社会人時代にメスを入れた右ヒジの状態もあってプロ生活を二軍でスタートさせた。

「こうしたほうがいいんじゃないか」

 あるコーチが投げ方について意見してきた。つまり「言うとおりにしろ」ということだったが、そのコーチと吉見はそもそも腕を振る位置が異なる。自分の感覚と合わず、指示を無視していた。

「おまえはワシの言うことを聞かなかったら、一軍に上げへんぞ」

 意のままにならないルーキーに対し、コーチは言い放った。プロ野球では"よくある"とされる話だ。

 吉見は入団1年目の9月に一軍昇格を果たし、その後、輝かしいキャリアを切り開くことができた。だが、強権的なコーチによってアマチュア時代のよさを削られ、活躍できずに消えていく選手は決して珍しくない。残念な話だが、人事権を握る者はどの世界でも上に立つものだ。

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