ソフトバンクの最終兵器・田中正義に覚醒の予感。「日本球界の宝」と言われた男が6年目にしていよいよ本格化

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko
  • photo by Koike Yoshihiro

「ほんとに捕ってるんですね......」

 その言葉を聞いて、さらに汗が噴き出てきた。

 いよいよ田中のピッチングが始まった。長い両腕をガバッと広げて投げてくる投手だった。低い位置にミットを構えていると、その巨体が覆いかぶさってくるように見えて、ボールが来る前から威圧感がすごかった。

 とにかく速いが、それ以上に強いボールだった。イメージとしては、鉄の球がミットにめり込んでくるような重さがあった。ミットの芯でしっかり捕球しないと吹っ飛ばされる......田中のストレートはそんな迫力があった。

 大きく曲がりすぎるスライダーは、当時からストライクをとってもらえず、カウントを不利にすることが多かったが、ストレートの軌道からカッと地面に突き刺さるようなフォークは、捕球するどころか、止めることもかなわなかった。

「マウンドに立っている自分と、ふだんの自分は、たぶん別の人間だと思います。アップをして、遠投をやって、ブルペンに入って......そのあたりでようやく見えないスイッチが入る。それまではもう不安で、不安で......」

 その言葉を聞いて驚いた。

 田中は大学2年の春から突如、150キロ台の剛速球を投げる大型本格派として頭角を現し、全国の舞台でも快投を続けた。4年になると押しも押されもせぬ目玉選手となり、5球団から1位指名を受けた。

 そんな選手が、こんな弱気な発言をすることにびっくりした。それに田中は投げるだけじゃなく走るのも一級品で、50m走もラクに5秒台をマークするほどである。それなのに「たしかに100mまでだったら投手陣のなかでいちばん速いんですけど、持久力はダメです......」と、ここでも控えめな発言に終始する。

名将も惚れ込んだ日本球界の宝

 一方で、トレーニング方法や栄養学についての関心と理解は、思わず聞き入ってしまうほど専門的で、知識が溢れていた。

 入団してからの4年間は、毎年大きな期待をかけられながら、肩・ヒジの故障もあって不本意な結果に終わっていたが、5年目の昨シーズン、イニング数は多くなったが、ようやく開花の兆しを見せ始めた。

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