阪神時代のビッグボス二刀流、3秒2球ノック、夜の街での「仰木マジック」も。春キャンプで起こった伝説の瞬間 (3ページ目)

  • チャッピー加藤●文 text by Chappy Kato
  • photo by Sankei Visual

【「3秒に2球」の高速ノック】

 中日のキャンプというとかつては、沖縄・北谷(ちゃたん)球場のサブグラウンドで、落合博満監督が自らバットを握る「落合ノック」が名物のひとつだった。

 その同じ場所で、落合監督に負けない厳しいノックを中日の若手たちに浴びせた人物がいる。2006年の北谷春季キャンプ。筆者がサブグラウンドを見に行くと「ホラホラ、腰が引けてるよッ!」「なんでそれぐらい捕りに行かないのッ!」と選手を叱咤する女性の声が聞こえてきた。打席を見て驚いた。声の主はソフトボール界のカリスマ、宇津木妙子・元女子日本代表監督だったのだ。

 実は、中日がキャンプを張る北谷球場のすぐ横にソフトボール場があり、そこで日立&ルネサス高崎(現・ビックカメラ高崎)がキャンプを行なっていた。当時、宇津木さんはチームの総監督。落合監督から「ウチの若いのも鍛えてやってくださいよ」と頼まれ、競技の垣根を超えた異例の猛ノックが実現したのである。

 宇津木さんのノックは「3秒に2球打つ」超速ノックだ。ボヤボヤしていると、すぐに次の打球が飛んで来る。筆者が訪れた時にノックを受けていたのは、当時ルーキーの新井良太だった。

 打撃については兄・新井貴浩(広島)に負けないポテンシャルを持ちながら、課題は守備だった。そんな新井に、宇津木さんはなんと2時間半にわたって、容赦なく超速ノックを浴びせ続けた。

 新井が立派だったのは、ヘロヘロになりながらも、打球をキャッチするたびに声を振り絞り「も~う一度っ、お願いっ、しまぁ~っす!」と叫んでいたことだ。最高だったのは、ライン際の難しい打球をみごと処理した際に叫んだひと言だ。「宇津木さ~んッ! お褒めの言葉、ヨロシクで~す!」......一同、爆笑である。

 こういう明るいキャラの選手がドラゴンズには少なかったので、「大成するといいなぁ」と思ったが、残念ながら中日では芽が出なかった。2011年、兄がFA移籍した阪神に移り兄弟でプレー。現在は阪神の一軍打撃コーチを務めている。

 余談だが、2020年2月、『中日スポーツ』を見ていたら、北谷キャンプで14年ぶりに宇津木さんがノックバットを握った、という記事が載っていた。2006年に新井たちを鍛えて以来である。記事によると、宇津木さんはあのノックが縁で新井を可愛がるようになり、今も交流が続いているとのこと。キャンプが縁の、競技を超えた師弟関係がここにある。

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