2022.01.31

県トップの進学校から高卒でプロ入り。中日の監督まで務めたレジェンド

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

 現在のように情報網が張り巡らされていなかった時代。もしも中日が先に大和田を獲っていたら、中さんはそのまま受験勉強を続けていた可能性が高い。そうならなかったのは「運」だとしても、中日球団が中さんの足の速さを評価したのは確かだろう。

「だけど、プロなんて何もわからんから。プロ野球、観たことないですからね。うぬぼれじゃないけど、野球が好きだっていうだけで、やってみようかっていう。そしたら、西鉄と日本シリーズやるからって、球団が」

 54年、中日は天知俊一(あまち しゅんいち)監督のもとで球団初のリーグ優勝を果たし、西鉄との日本シリーズも制覇した。その第1戦と第2戦、中さんは球団に招待されて観戦したのだという。まずは、プロ野球最高レベルの試合を観る機会に恵まれたのだ。

「2試合とも中日が勝ちましたしね。でも、観たら本人がっくりですよ。初めて観たプロ野球が最高レベルじゃ、そんなとこでレギュラーになれるなんて思わんし。一軍に入ろうとか、そんな問題じゃないんです」

 確かに、日本一になった戦力のなかでは出番に恵まれそうにない。それでも中さんは55年、高校出1年目にして17試合に出場。3安打と2盗塁(盗塁刺なし)を記録している。

「日本一のチームといっても、けっこう選手はおとなしかったんです。だから僕もそのまんまスッと入って。運がいいのかどうか。足が速いということで。それで公式戦の初ヒットがね、ノーヒットノーランをやられかけたときなんですよ。広島戦で、松山昇さんに」

 4月14日、中日球場で行なわれた中日対広島6回戦。中さんは二軍から上がってきたばかりだった。

「8回まで0対6で負けてて、9回にも1点取られて、僕ら1本もヒット打ってなくてその裏。ベンチに座ってたら、監督の野口明さんが『おまえ行けー!』って。どうしたらいいかわからんわね、『はい』って言ったけど。でまあ、打席に入る前は、セーフティーバントがいいなと思って、コンとやった。それでヒット1本。松山さんに恨まれたけどね」

 淡々と語っているが、なかなか楽に決められる場面、状況ではない。何しろ、まだ公式戦2打席目だったのだ。

「ということは、打つ、となったって見当つかないですもんね。公式戦で、プロのピッチャーをどう打つのか。だったら、打つよりは当てることならできると」