猛バッシングからの大歓声も。新井貴浩など現役晩年に古巣に戻って輝いた男たち (3ページ目)

  • 紙井昇●文 text by Kamii Noboru
  • photo by Kyodo News

 ソフトバンクで6年プレーしたのち、戦力外通告を受けた。2018年オフの海外自主トレ中にヤクルトから獲得の打診を受け、2019年に復帰。その年、リリーフながら4月に5勝をマークし、月間MVP候補にも挙がるなど、45試合登板で5勝1敗4ホールド、防御率2.98と好成績を挙げた。

 2020年も活躍が期待されたが、体のコンディションが最後まで上がらず、現役引退を決意。10月25日に神宮球場で開催された中日戦が引退試合となり、打者ひとりを打ち取り、21年間に及んだ現役生活を締めくくった。

【FA権を行使して古巣に復帰】

 ここまで紹介した選手たちは、移籍先から戦力外通告を受け、古巣へと復帰しているが、トレードで他球団に移籍したのち、FA権を取得して古巣に復帰した選手もいる。小久保裕紀や小池正晃が、この事例に該当する。

 1994年にダイエーに入団し、中心選手として確固たる地位を築いていた小久保だが、03年のオープン戦で右ひざに重症を負い、その年は海外でのリハビリをメインに過ごした。

 ダイエーはその年に日本一となり、小久保はケガを完治させ、翌年の連覇への貢献を期待されていたが、優勝パレードの翌日に巨人へ無償トレードで移籍すると発表された。

 球団フロントとの意見の不一致などが原因での移籍と噂されているが、王貞治監督(当時)や主力選手たちがトレードに異論を唱えるなど、異様な雰囲気での移籍となった。

 小久保は巨人3年目の2006年に移籍選手では初めてとなる主将に任命されるなど、持ち前のキャプテンシーを発揮したが、同年オフにFA権を行使し、ダイエーの後継であるソフトバンクに出戻った。

 2011年にリーグ優勝、日本一を果たし、小久保自身も日本シリーズでMVPを受賞するなど、8年ぶりの栄冠の原動力となった。

 小池は、松坂とともに横浜高で1998年の甲子園春夏連覇を達成し、ドラフト6位で地元球団の横浜に入団。

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