2021.12.31

元日本ハム大嶋匠の前代未聞の挑戦。7年間「野球人になれた」実感は一度もなかった【2021年人気記事】

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Sankei Visual

"大嶋狂想曲"は続く。2月8日、大嶋は沖縄・名護キャンプでの紅白戦に出場する。大嶋にとってはプロ野球選手デビューどころか、初めての硬式野球の試合だった。

「ストライクを3回振れればいい。プロテストの時みたいに楽しめればいいや」

 8番・指名打者で出場した大嶋に気負いはなかった。第1打席、カウント2ボールから、若手右腕・植村祐介が投じたファーストストライクを振り抜いた。その瞬間、大嶋は「当たった!」と喜んだという。

 続いて、目の前に上がった打球を見て「前に飛んだ」と安心した。ソフトボールと野球で打球の角度にどれほどの違いが出るのかわからず、どこまで飛ぶかわからない。大嶋は必死で走った。そのフライは大嶋の全力疾走をあざ笑うかのように、緑色のバックスクリーンを激しく叩いた。

 誰もが驚いた硬式野球デビュー打席でのホームラン。大嶋は「打った本人が一番驚いています」と笑う。

 しかし、フィクションを超えるような奇跡は長くは続かなかった。

 大嶋はソフトボールと野球の距離感の違いや、捕手として覚えなければならない膨大な技術の習得に悪戦苦闘する日々を過ごした。

 チームメイトはみな、大嶋に対して友好的に接してくれた。同い年で「平成の新怪物」ともてはやされた中田翔は、バット選びに悩む大嶋のために自分のバットを譲ってくれた。大嶋は「翔はよく話しかけてくれて、すごく世話になりました」と感謝を口にする。

 大嶋以外は全員、野球部出身という世界。気後れはなかったのかと尋ねると、大嶋は「まったくありません」と答え、こう続けた。

「だって、自分は野球をやってきていないので」

 プロ野球選手になり、常に目の前の課題に全力で向き合ってきた自負はある。それでも、大嶋のなかで「野球人になれた」と実感した瞬間は一度もなかったという。

 1年目はファームで60試合に出場して打率.199、3本塁打。3年目の2014年には一軍初出場と徐々に階段を上がっていった。