2021.12.10

長嶋茂雄の引退試合で「打ち取ってしまった」佐藤政夫のタコ踊り投法

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

 この新天地には、佐藤さんが巨人からロッテに移籍したときの投手コーチ、近藤貞雄がいた。中日での近藤は、先発・中継ぎ・抑えの投手分業制を本格的に実践。先発完投が主流の時代においては"異端"の指導者だったが、その選手を見る目が「波乱」を起こしたらしい。

「後から聞いた話だけど、近藤さんはロッテで一緒にやってるとき、左の変則だから面白いピッチャーだと思ってくれてたみたい。たぶん近藤さんが『獲れ』と言ったんでしょうね」

 そうなのだ。文献資料によれば、佐藤さんは変則フォームの左腕で、そのくねくねとした体の動きから「タコ踊り」とか「コンニャク投法」などと呼ばれていた。その変則も高校時代から、という話は本当なのだろうか。

「それがね、竹田先生とよく話がぶつかるんです。先生曰く、『おまえは最初からあのフォームだった』。こっちはね、『もともときれいなフォームだったのが、先生にああだこうだ言われてああいうフォームになったんだ』って」

 果たして、どれほど変則だったのか──。幸い、映像が残っている。それこそ、1974年10月14日の巨人対中日最終戦、長嶋茂雄の引退試合における最後の打席の映像は消えようがない。そのマウンドに立っていた投手=佐藤さんの投球を、取材を前に、あらためて見ていた。

 まず、両腕が勢いよく上がってリズムをとるように動き、つられるように右膝が速く高く上がり、テークバックでやや腰が下がった後、腕は横から出てくるがフィニッシュでは体が沈み込まず、立ち投げのようにも見える。タコやコンニャクを想起するかはともかく、くねくねしているのはたしかで、投げ始めから動きは激しい。

 そして映像を元に戻すと、佐藤さんは8回1死一、三塁で長嶋を打席に迎え、初球、三塁側へのファウルの後、2球目をショートゴロ、6−4−3のゲッツーに打ち取った。日本のプロ野球では空前絶後と思える大声援と拍手に包まれていた球場全体が、徐々に静かになっていった。