日本ハム時代に中田翔を更生させた稲葉篤紀。八重樫幸雄が見たマジメさと面倒見のよさ

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Sankei Visual

【中田翔を更生させた稲葉篤紀】

――2001年の若松勉監督時代にヤクルトは日本一となりました。あの年は稲葉さんも主軸打者としてチームの躍進に大貢献しましたね。

八重樫 あの頃、バッティングに関してはもう何も問題はなかったです。当初の課題だったインコースの速いボールに対しても振り負けなくなっていたし、バットが内側から出るインサイドアウトも身につけていましたしね。当時、野村(克也)さんは阪神の監督だったけど、稲葉の打撃について、「稲葉、よくなったじゃないか」と言われましたよ。だから「おかげさまで」って僕は答えたんだけど(笑)。

――その結果、日本ハム時代には2000安打を達成し、名実ともに大選手となりました。ヤクルト時代も日本ハム時代も、野球に対する姿勢は常に真摯であり続けたんですね。のちに侍ジャパンの監督となりましたが、稲葉さんのキャプテンシーはいかがですか?

八重樫 先ほどの全力疾走の件もそうだけど、常に全力でプレーをしているから、若い選手たちのいい手本となっていたのは間違いない。ヤクルトを離れた後のことだけど、日本ハム時代には「中田翔にもいい影響を与えているんだなぁ」と思いました。

――そう考えるには、何かきっかけがあったんですか?

八重樫 中田翔の入団1年目だったと思うけど、ヤクルトがキャンプしている浦添球場で練習試合があったんですよ。その時にグラウンドでもずっとボーッとしているというか、まったくヤル気が見られなくて驚いたことがあったんです。でも、翌年のキャンプで見た時にはそれが一変していた。

 よく聞いてみると、稲葉が厳しく指導したらしいんですよね。それを聞いて、「稲葉らしいな」と思いました。だから、今回の中田翔の一件は、稲葉にとってもショックだったんじゃないかな。

――引退時のセレモニーで花束を渡した中田翔選手は泣いていたし、稲葉さんの最後のスピーチでも、「中田翔のことをよろしくお願いします」と語っていましたからね。

八重樫 そういう意味では面倒見のよさもあったし、中田翔が気がかりでもあったのかもしれないね(苦笑)。今回の侍ジャパンのチーム作りでもそうだけど、若い選手に対する接し方、言葉のかけ方、そういうのがうまいんでしょう。

――あらためて、侍ジャパンを優勝に導き、勇退した稲葉さんに言葉をかけるとしたら?

八重樫 まだ彼も若いんだし、これから指導者としてユニフォームを着る機会もあると思います。その時に、侍ジャパンの経験を踏まえて、彼がどんなチームを作って、どんな野球を見せるのか。それを楽しみにして待ちたいと思いますね。

(第84回に続く>>)

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