2021.06.14

元中日・荒木雅博は「イップスも生活の一部」にして名二塁手となった

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Sankei Visual

 とはいえ、前述したルーティンを毎日続けることもハードには違いないのではないか。荒木にそう水を向けると、こんな答えが返ってきた。

「毎日、歯を磨くのにしんどいとは思わないですよね? イップスもそこまで持っていったら本物です。朝起きる。ご飯を食べる。トイレに行く。歯を磨く。これって何一つしんどいことなんてないじゃないですか。毎日の歯磨きと同じような感覚で、イップスを治すために回転を確認できれば、それはもうしんどくないですから」

 もちろん、ルーティンとして定着させるまでは骨が折れたそうだが、いつしか荒木のなかで「イップスも生活の一部」という感覚が芽生えていた。それは苦痛を伴う生活ではない。荒木は「特別なことをやっていると思うから、しんどく感じる」と語った。

 歯を磨くのも、ボールの回転を確かめるのも、セカンド頭上にライナーを打つのも、荒木にとってはごく当たり前の日常だったのだ。

 自身がイップスを抱えていたこともあり、周囲のイップスにも過敏になった。ある球団の捕手の投げ方を見て、荒木はすぐ「イップスだな」と悟ったという。

「見ていたらわかりますよ。ちょっと手首の使い方が硬かったんですよね。『あぁ、苦労してるなぁ。わかるよ、わかるよ』と思っていました」

 そして、荒木は一転して口調を強めてこう続けた。

「だからといって、彼をバカにするような走塁はしませんでした。アウトになるタイミングなら行かなかったし、『(捕手が)イップスだから行ってみよう』という走塁は絶対にしなかった。それは相手に対して失礼だし、そんなヤツは野球をやる資格がないですよ」

 過去にこの連載記事に登場した赤星憲広(元阪神)は、自身が現役時代にイップスに苦しんだことを告白している。赤星は中日戦が憂鬱でたまらなかったという。それは、中日の選手はセンターに打球が飛ぶと大きくオーバーランをするなど、足でプレッシャーをかけてきたからだ。ショートスローでのイップスを抱える赤星にとっては、苦痛でしかなかった。